FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】女騎士二人

 

「ラヴィアン、確か午後から買い物に出ると言っていたな?」

革鎧のつくろいをする女騎士ラヴィアンの背後から、声をかけてくる者がいた。

振り向くまでもなく、声で誰かはわかっている。ちょうど手首の合わせのむずかしいところに

かかっていたので、ラヴィアンは目をすがめて太い針の先をにらんだまま答えた。

 

「はい、行きますよ」

「私も一緒に行こうと思うが、構わんか」

「ええ?そりゃ構いませんけど。今日は確か、帳簿の整理をする日じゃあ?」

「もう済ませた。時間ができたのでな」

簡単に済ませられるような仕事ではなかったはずだ。ラヴィアンは針をとめて、振り向いた。

ドーターの裏通りにひっそりと建つ商人宿の一室。彼女の元上官であり、今も似たような

存在であるところの騎士アグリアス・オークスが、戸口に手をかけて立っていた。

スカートの埃をはらって立ち上がる。朝から座り仕事をしていたので、腰がみしみしと鳴った。

「人手が増えるのは助かります。でも、どうなさったんです、人混みはお嫌いだったのに」

「たまには、市井の空気を吸うのもいい」

「アリシアと一緒だから、すこし私物の買い物もしますよ?」

「それは構わん。ラッドに贈る物を買うのだろう?付き合うぞ」

ごく何でもないように、アグリアスは言った。その、何でもなさがあまりにもぎごちないので、

突然こんなことを言い出した理由も大体わかってしまって、ラヴィアンはおかしくなってしまった。

本当に、この人は嘘や隠しごとが下手だ。

「じゃあ、アリシアに声をかけてきます。準備ができたらお呼びに上がりますね」

「うむ。頼む」

 

 

ラヴィアンとアリシアはアカデミーの同期生であり、近衛騎士団時代からのアグリアスの

部下である。ラムザに随伴して一度はアグリアスの下を離れたために、立場としては

もう部下ではないが、そこはなじみの呼吸というもので、アグリアスがラムザ隊に参加してからは

ごく自然に彼女の直属といった位置に収まっている。

近衛騎士団でのアグリアスは、とにかく厳しい上司であった。己に厳しく、他者にも厳しい。

まだ新米だった二人は何度怒鳴りつけられたか知れず、鎧兜の磨き方から叩き込まれた

ものである。それでも、厳しさの中に時折のぞく優しさと、さらにその奥にかいま見える

生真面目ゆえの奇妙な可愛らしさに惹かれて、この人にずっとついてきたのだが。

異端者一向に加わってからは、そのあたりの事情が多少変わってきていた。

「あ、素敵なブローチ。こういうの、最近男の人もするよね」

「むっ」

「あら本当。この色なら、亜麻色の髪なんかに似合いそうね」

「むむっ」

「でもこういうのって、恋人でもない相手から貰っても困っちゃうのよねー」

「…………」

新年の市が立ち、にぎわうドーターの小間物屋通り。消耗品の買い込みを手早くすませ、

このたび晴れてナイトマスターとなったラッドへの祝いのプレゼントを楽しげに選ぶラヴィアンと、

それに付き合うアリシア。その後ろで、妙にそわそわと二人の手元を覗き込んでは頷いたり、

考え込んだりしているアグリアスの姿がある。

プレゼントの目星は、実はとっくにつけてある。なのにわざと遠回りをして、面白そうな

売り物を見つけては品定めをするたび、後ろでアグリアスが一喜一憂するのがラヴィアンは

可笑しくて仕方ない。

「隊長すみません、なかなか決まらなくて。退屈でしょう」

「む、構わん。私もまだ……じゃない、こうして見ているのもなかなか面白いものだ」

魂胆ははっきりしている。アグリアスは、来週に迫ったラムザの誕生日のために、プレゼントを

買いたいのだ。だが自分ではどんなものを選んだらいいかまるでわからないために、

ラヴィアンの買い物についてきて、目星をつけようとしているのである。

(普通に訊いて下さればいいのに……)

と思うのだが、素直にそうできないのがまたアグリアスらしいところである、とも思うのだ。

 

 

そもそもこの堅物の上司がラムザ・ベオルブのことを異性として意識するようになったのは

いつ頃からだったか、アリシアと討議したことがある。少なくともライオネル城で別れた時には、

単なる戦友として以上の好意がなかったことは間違いない。やはり、バリアスの谷での劇的な

再会がカギだろうと推測はするのだが、如何せんあの当時は聖石の秘密やらオヴェリア王女の

救出やら、非常事態の連続で皆いっぱいいっぱいだったため、あとから思い出そうとしてみても

アグリアスの微妙な態度の変化などは追跡不可能である。惨劇のライオネル城を脱して三月、

ようようドーターで一息ついて、落ち着いてあたりを見渡せるようになってみれば、

「もしかして、隊長って……?」

「やっぱり、ねえ……?」

と、二人してささやき合うような状態になっていたのだ。

アグリアスが不器用で一途な性格であり、異性と交際した経験がないというのは前から

知っていた。だが、ひとたび異性を意識すると、それがこうまで可愛らしい現れ方をすることに

なるとは予想していなかった。何しろ誕生日プレゼント一つ買うのにも、まるで女学生のような

この有様である。今までの尊敬は尊敬として、この堅物の上司が二人ともすっかり可愛くなって

しまった。

彼らのリーダーであるラムザ・ベオルブは、やや優柔不断なところがあるものの、心根は

しっかりしているし、剣の腕も立てば頭も切れる。顔も童顔とはいえなかなか綺麗で、まずは

立派といって遜色のない男である。こちらの方もアグリアスを憎からず思っていて、その上

相応に鈍であるらしく、二人がいわば「両片想い」の状態にあることもすぐに判明した。こうなれば

もうしたい放題というもので、いかにこの二人の仲を面白おかしくかき回し、それでいて

要所々々ではきっちり背中を押して進展させるかに血道を上げている最近のラヴィアンと

アリシアなのである。

 

「隊長はどう思われます?こういう襟巻き、私はむしろラムザさんなんかに似合うと思うんですけど」

「あ…う……私にはよくわからんが、いいんじゃないか」

 

アリシアがしゃれたマフラーをひらりと回して、きわどい攻めを打つ。あやふやに答え

ながらも、アグリアスの頭の中のプレゼント候補リストにしっかりとそのマフラーが刻み込まれた

気配が、瞳の色に読みとれた。若干レズの気があり、アグリアスへの憧れの気持ちが強かった

アリシアは、ラムザに対し当初強い警戒心と反発を見せていたのだが、戦いを重ねてラムザの

人となりを知るうちにそれも和らいだらしい。今ではすっかり推進派となり、おとなしい顔をして

ラヴィアンよりえげつない罠を仕掛けたりする油断のならない娘である。

「けっこう見たわね。隊長、今までで何かお勧めってありました?」

「え、私か。そうだな、二つ前の店にあった銀の煙草入れなどは、上品でシンプルで……いや、

しかしラッドには何だ、あまり合わんかもしれないな、奴は煙草を吸わんしな」

(なるほど、煙草入れね)

(ラムザさんも吸わないけどね、煙草)

(まあ男の小物入れだし、持っててもいいんじゃないかしら。センスは悪くないと思うわ)

「何をこそこそ話してるのだ」

「いえ別に。私はさっき見たネッカチーフにしようかなって考えてたんですけど」

「う、ああフィナス織りのやつか。いいんじゃないか、うん。いいな」

明らかにホッとした様子が見えるので、ラヴィアンもアリシアも笑いを噛み殺すのに苦労する。

とまれ、これで双方のプレゼントも選び終えたので、そこらの屋台ででも一服しようかと考えた矢先、

「あら?アグリアスじゃない」

もの柔らかなアルトの声が、背後からかけられた。

「レーゼさん。お一人ですか?」

振り返ると、アグリアスよりやや色の濃い、蜂蜜色の長い髪を町の主婦ふうにまとめたレーゼ・デューラーが、ぱんぱんにふくらんだバッグを左右の脇に抱えて微笑んでいた。

「たまにはね。買い出しを頼まれたの。あなたたちは?」

「私達もですが、小間物ばっかりです。あと、ラッドへのお祝いと」

「ああ、彼ナイトマスターになったものね」

ひょいと下ろされたバッグの中を覗いてみると、酒瓶だの薫製肉のかたまりだのがみっしりと

詰め込まれている。ちょっとした酒樽くらいの大きさのそれが二つあるのだから大の男でも

簡単には運べない重さだが、竜族の血を引く彼女には軽いものである。そのまま何となく四人で

露店の椅子に腰をかけ、お茶を飲みつつ他愛ない話などを始める流れとなる。そこらの店で

茶菓子を買いもとめ、ひとしきり歓談したところで、突然レーゼがぽつりと言った。

「そういえば、私もプレゼント上げようと思ってるのよね。ラムザに」

「!」

「!」

「なっ!?」

ラヴィアンとアリシアが目を見開き、アグリアスは血相を変える。椅子から腰を上げ、恬然と

しているレーゼに詰め寄らんばかりに身を乗り出して、

「ちょっ、ちょっと待てレーゼ!きこ、貴公はベイオウーフという相手がいながら、

そのラムザにとはどういう」

「こんど誕生日なんでしょ?ラムザは私を人の姿に戻してくれた恩人よ。お礼くらいするのが

当然じゃなくて?」

「あっ……ああ、恩人。ああ、なるほど……」

ここまでのわずかな会話から、アグリアスがついてきた目的を洞察していたらしい。さすがに

年の功というべきか男付きの功というべきか、付き合いの深さこそラヴィアンやアリシアに

及ばないものの、恋愛絡みで彼女をからかう手腕にかけては余人の追随を許さないのが

レーゼである。この三人が揃ってしまえば、アグリアスに勝ち目などない。

「節目節目にプレゼントって、男には効くのよ。私もそれであの人と知り合ったようなものだったし」

「へー、そうなんですか。具体的にいうと、どんな風に?」

「誕生日もそうだけど、昇進の時とか逆に失敗した時とか、男が人から持ち上げられたいと

思ってる時にね」

と、時宜を得たプレゼントがいかに男の心を掴むかというレクチャーをとうとうと開陳する

レーゼと、謹聴するラヴィアン、アリシア。むろんアグリアスが興味のないふりをしながら

全身を耳にしているのは三人とも承知の上である。話が進み、ベイオウーフとレーゼが性悪な

司教の目を逃れて二人で泊まりがけの旅行に行こうというあたりで、ついに我慢できなくなって

アグリアスが立ち上がる。

「その、すまんが少し用事を思い出した。先に戻らせてもらうので、ゆっくりしてくるといい」

頬をわずかに赤らめてそそくさと立ち去るアグリアスを見送り、その背中が雑踏の中に

消えてから、三人は一斉にくすくすと笑い出した。

「あなたたちも大変ね」

「ああいう方ですから……」

 

 

週が明けて、ラムザの誕生日。

すでにドーターを出て行軍中のことだったため、盛大な祝いなどは望むべくもないが、ささやか

なりに祝い酒なども出され、にぎにぎしい雰囲気で一日が過ぎた。

アグリアスは朝からどこか緊張してそわそわと落ち着かなげであったが、夕食が済んで

少しした頃から急に明るく、上機嫌になった。

「今日ぐらいは先に休んでいいぞ。仕事が残っているなら、明日私も手伝ってやる」

普段なら絶対言わないような優しい言葉をかけてくれる。その上機嫌ぶりに、首尾よく

プレゼントを渡せたらしいと安堵すると同時に、ひたすら上機嫌である以外に照れたり気まず

かったりといった含みのある様子が少しもないので、本当にただ渡せただけでそれ以上の

進展は何もなかったのだな、としみじみ慨嘆する。今年もまだまだこの朴念仁の上司には

後押しが必要だ、と頷きあう女騎士二人、ラヴィアンとアリシアであった。

 

~fin~

 

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