FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】その後の素敵な商売

 

磨羯の月8日

 風邪を引いた。

「アグリアスさん、お加減はいかがですか」

「うん……」

 あの晩、雪の中へ飛び出したのが、まだ尾を引いているらしい。我ながらヤワになったものだと思うが、いつにもまして熱心にラムザが看病してくれるのを見れば、そう悪い気分でもない。

「ラムザ……あまりそばにいると、うつるぞ。ほどほどでいい」

 言いはするが、

「そんなわけにはいきません。僕の体よりアグリアスさんの体の方が大事です」

 なんてことを言われると嬉しくなってしまうのであった。

 

 すっかりぬるくなった氷嚢をとりのけ、そっと上体を支えて起こしてもらう。窓から吹き込む冷たい風が、ほてった頬に心地いい。

「今日は果物をもらったんですよ。召し上がれそうなら、あとで持ってきますね」

 ベッドに座ったまま、氷嚢の水を雪につめかえているラムザの背中を、見るともなくぼーっと見つめる。

 

《好きですよ、アグリアスさん》

《あなたが大好きです》

《大好きです》

《大好き…》

 

「………」

 あれから一週間もたつというのに、まだこれである。ちょっと落ち着いてラムザを見る機会があると、すぐにあの時の言葉のリフレインが始まり、頭の中はいっぱいになってしまうのだった。

 

「………」

「アグリアスさん?」

 ハッと我に返ると、心配げなラムザの顔が目の前にあった。

「顔が赤いですね。熱がまた出ましたか?」

 むろん違う。だが抗弁する間もなく、ラムザの顔はすいっと近づいてきて、アグリアスの額にこつん、と当たった。

 軽く目をとじたラムザの顔が鼻の先にある。ラムザの前髪が額をくすぐる。息のあたたかみが唇をなぶる。

「……!」

「…それほどでもないですね。よかった」

 それは一瞬のことで、ラムザの顔はすぐ安堵の表情を浮かべて遠ざかり、額の一点の感触だけが残された。そこから熱が全身にまわっていくのがわかる。ごまかすように何度も咳払いをし、額をごしごし拭いながら、

「ば、ば、ばか、なに、何を、そんな。ね、熱をみたいならこんな、そんなの、そんなやり方はこ、子供にでもすることだろう」

「えー? そんなことないですよ。僕は士官学校の頃によくやってもらってましたよ」

 

 ぴた。

 

「…………いま何と言った?」

「僕は体が弱かったんで、寮でもよく風邪を引いてたんです。そういう時熱をはかるのは、大抵このやり方でしたよ」

「……誰にだ」

「は?」

「誰にはかってもらったのだ」

「誰にと言われても、友達に……あ、一番多かったのはディリータかな。ほらあいつ、おでこ広いから」

「…………」

「…アグリアスさん?」

 ばふっ、と音高くふとんをひるがえし、ラムザに背を向けて寝てしまうアグリアス。突然の豹変に当惑しながらも、せめて氷嚢だけでも乗せようとするラムザだが、

「なんでもない。自分でできる。出てけ」

 とりつく島もない。

 しばし立ちつくし、やがて首を傾げながらとぼとぼ部屋を出ていくラムザの気配を背中で感じつつ、アグリアスはちょっと後悔する。

 しかし、まさかディリータにやきもちを焼いたなんて、間違っても言うわけにはいかない。

(次ラムザが来たら、また熱をはかってもらうぞ)

 ささやかな決意を一人ふとんの中で固める、冬の午後のアグリアスであった。

 

 

磨羯の月24日

 そういえば、誕生日が過ぎてしまった。

 

「磨羯の一日だったんだな」

「え?」

 朝食の席で、唐突に言ったのはアグリアスである。

「お前の誕生日だ」

「あ……そうでしたね、そういえば」

 大きな黒パンをちぎりつつ、他人事のように答えたラムザにアグリアスは苦笑する。確かにラムザは自分の誕生日など大して気にかける方ではないが、今年に限っては別の理由もあった。何しろ当日アグリアスは凍傷と風邪でぶっ倒れていて、おまけに夢にうなされてしきりにラムザの名を呼んだりしていたため、ラムザは一日中つききりの看病でてんてこ舞いだったのである。後からそのときの自分の状態を聞かされた時には、半日ラムザの顔を見られなかったものだ。

「祝いをしなくてはならないな。月遅れだが、来月の一日にでも」

「ええ? そんな、結構ですよ」

「そうはいかない。ここに来てから、本当によくやってくれている感謝もしたいしな」

 何より、自分のせいで誕生日を潰してしまった、という意識がアグリアスにはある。何度も遠慮しようとしたラムザだが、主人がそうしたいのだ、と言われれば従うしかない。何か欲しいものでもないか、と聞かれるのへ、

「……じゃあ、一つだけお願いをきいていただけますか」

 何か思いついたらしく、悪戯っぽい光をかすかに眼に宿してそんなことを言った。

「何でも言うがいい」

 答えたものの、一抹の不安は残る。

 

 

宝瓶の月1日

 自分の寝相がいいことを、アグリアスは最近ほとほと有難く思う。朝起こされた時、はしたなく寝乱れていたりしたら二度とラムザを部屋に入れられないからだ。

「アグリアスさん、おはようございます」

「おはよう、ラムザ」

 三年前に伯母から贈られて以来、先々月まで手に取ったこともなかった薄手のネグリジェは明らかに「見せる用」だが、そこまでの決心はまだつかない。いつも通り羽布団を口元まで引き上げて、朝の挨拶を返す。その仕種をラムザがどんなに可愛いと思い、毎朝こぼれそうになる笑顔をこらえているかアグリアスに知る由もないが、今朝のラムザはあまり笑顔をこらえていなかった。

「お召し物を持ってきました」

 そう言うラムザの手にはいつもの騎士服はない。かわりに油紙の大きな包みがひとつ。

 アグリアスが目線で疑問を示すと、ラムザはにっこり笑って包みを広げる。中から現れたのは目のさめるような美しく深いブルーのドレス。舞踏会に行くようなものではなく、貴婦人が家で普通に着るためのものだ。

「……どうしたのだ、それは?」

 アグリアスは元々ドレスなどほとんど持っていない。まして、実家からこの山荘へ移る時には一枚も持ってこなかった。昨日仕立てたような真新しいドレスが,ここにあるわけがないのだ。

「町で仕立ててもらっていたんです。今日に間に合わせようと思って……」

 ラムザはにこにこしたまま、手際よくドレスをたたんで包みに戻してから、はい、とばかりにアグリアスへ差し出す。それは、つまり。

「私に、と……?」

「もちろんです」

「……私がものを貰ってどうするんだ。今日はお前を祝うんだぞ? 大体、私がドレスなど着るか着ないか」アグリアスの言葉を途中で遮って、ラムザは今度こそ会心の笑みを浮かべる。

「今日一日、これをお召しになって過ごして下さい。それが僕のお願いです」

 

 何しろ、「何でも言うがいい」とまで言ってしまったのだ。騎士として、ラムザの友人として、主人として、ドレスを着る程度のことを断るわけにはいかない。まして、贈り物のドレスを。

「む……」

 絹が肌をすべる感触が心地いい。ドレスに袖を通すなど、いつ以来だろう。ラムザ達といた頃、情報収集のために貴婦人の扮装をしたことがあったが。

(あれも、恥ずかしかったな……)

 ところどころ手を止めて考えたりしながらも、着付けはおおむね体が覚えていた。一人でも楽に着られる、簡素なドレスだ。フリルやドレープは控えめに、なめらかで丈夫な上等の布地をたっぷりと使ってあって動きを妨げない。色はアグリアスの好きな深いブルー。何から何まで、着なければならないとしたらこんなドレスがいい、と思っていたまるっきりそのままで、

「……何というか…把握されているのかな」

 などと思うのも、悪い気分ではない。胸元の開きがちょっと気になるが、下品ではない範囲だ。

 姿見の前で、ふと思いついてくるり、と回ってみる。やった直後に後悔した。

 

 スカートをひるがえして階段を下りてゆくと、ラムザはまるで子供のように嬉しがった。

「すごく素敵です、アグリアスさん。やあ、プレゼントした甲斐があったなあ」

「あ、ありがとう。朝食だったな」

「はい、すぐに」

 弾むような足取りで厨房へ駆けていくラムザの背中を眺めて、アグリアスは彼が四つも年下なのだということを久々に思い出した。まったく、ちょっと慣れない服を着る程度であんなに喜んで貰えるのなら、安いものではないか。

 その認識がいささか甘かったことは、朝食のすぐ後に思い知らされた。

「ごちそうさま。さて」

「どちらへ?」

「? 鍛錬だ、もちろん」

「その格好でですか?」

「え」

 初めて気づいたように、己の姿を見渡す。動きやすいとはいえ、剣を振れる服ではない。しかし、

「ちょっと着替えるくらいは……ダメか?」

「今日一日、その服でいて下さる約束です」

 こういう穏やかな笑い方をする時のラムザは、一番容赦がない。アグリアスは仕方なく、朝の鍛錬を諦めることにした。

(……待てよ)

 ということは、昼の鍛錬も夕方の鍛錬も同じということか。一日に一度も剣を握らないなんて……まあそれは明日のメニューを増やして補えばいいとしても、空いてしまった時間は何をすればいいのだ。

 アグリアスの考えを見透かしたようにラムザが、

「西の沢にスノードロップが咲いているんですよ。よかったら、見に行きませんか」

「む……」

 断る理由はどこにもなかった。

 

 値段が高いとかいうこととは無関係に、ドレスというのは本質的に贅沢な衣服である。冬の山中でこんなものを着ていては、一歩だって外を歩けやしないのだ。そういうことをする必要のない連中が生み出した服だということである。

「そこ、滑りますから気をつけて」

「う、うむ」

 なにしろ、チョコボに乗るのさえままならない。横座りでにぎる手綱はいつもとまるで勝手が違い、先導がなければ雪の山道を進めない。ラムザの鞍の前に乗せてもらうのはあんまり無力な気がして断ったのだが、今はちょっと後悔していた。

「ほら、その先に……」

「わ…………」

 木立を抜けると、そこだけ雪の消えた斜面に、小さな白い花がちんまりと、銀の鈴をころがしたようにそこここに咲いていた。雪の冷たい白に慣れた目に、その可憐な花の白はひどく鮮やかで、思わず笑顔がこぼれる。

「早春の花なのにな……?」

「この下に温泉が走っていて、それで地面が温かいんだそうです。あ、どうぞ」

 地面に下りようとするアグリアスへ、ラムザが手を差し出す。それはあまりにも自然な仕草で、つい言われるままに手をとらせ、ラムザに体をあずけるようにして着地してしまったアグリアスは我に返って真っ赤になった。

「ひ、ひとりで下りられる!」

「すみません、つい」

 言いつつも、なんとなく手を離す気にはなれず。ラムザの体温を手のひらに感じながら、寄り添うようにして花を眺めている自分がまるで童話のお姫様のように思えて、

(滑稽なのだろうな……)

頬を赤らめつつも、どこかでほんのり幸せなアグリアスであった。

 

 

 こういう日に限って、思わぬ客が来たりするものだ。

「お久しぶりです、アグリアス様……きゃあ、素敵なドレス!」

 休暇を利用して来たのだというラヴィアンとアリシアは、アグリアスを一目見るなり窓辺の鳥が逃げるほどの黄色い歓声を上げた。

「もしかして、ラムザ隊長からの贈り物ですか?」

「う、む、ああ」

 なんでわかるんだ、と思いながらそしらぬ顔でお茶の支度をしているラムザにちらりと目をやる。ドレスをためつすがめつ検分していたアリシアが満足そうに顔を上げ、

「さすが隊長、アグリアス様の好みをよくおわかりですね」

「はは、ありがとう」

「でも、一人で着られる型なんですね? せっかくだから、違うのにすればよかったのに」

「違うのって……」深く考えてみるアグリアス。「……!! ばっ、ばっ、馬鹿を言うな!」

「あら、殿方が婦人にドレスを贈るって、そういう意味もあるんですよ?」とラヴィアン。

「そうらしいね。実際、そっちを勧められて迷ったんだけど」

「ラムザっっ!」

 三時の準備をしてきます、と笑い混じりに逃げ出したラムザを見送って、アグリアスは真っ赤な顔をこすりながら腰を下ろす。まったく、今日一日で何度赤くなればいいのだ。

「でも、よかった。隊長と、うまくいってらっしゃるようですね」少しあらたまって、ラヴィアンが口を切る。

「え? ああ、まあ、な……」せっかく落ち着いたというのに、たちまち上気し始めるアグリアス。

「この間、レーゼさんから手紙をもらって。お二人にあんまり進展がないって嘆いてたんですよ。それが、もうドレスを贈るほどになっているなんて」感に堪えない、というようにアリシアが溜息混じりに言う。

「いや、これはその、ラムザの誕生祝いでだな……」

「隊長の?」

 怪訝な顔をする二人に、アグリアスは説明する。もっとも、なぜ本来の誕生日が潰れてしまったのか、は適当に伏せておいてだが。

「……ということで、ラムザもよくやってくれているしな。一日くらいこんな服で過ごすのも、まあ目先が変わって悪くないと」

「ちょっとお待ちを」話が終わりにさしかかったところで、たまりかねたラヴィアンが遮った。「つまり、要約するとこういうことですか。隊長の誕生祝いにアグリアス様が『何でも言っていい』と言ったところ、隊長のお願いはそのドレスを着て一日過ごすことだったと」

「要約というか、まあそうだが」

 ラヴィアンとアリシアが顔を見合わせる。アグリアスには何が起きているのかわからない。やがて、ラヴィアンが妙に厳粛な面もちで、身を乗り出してきた。

「……ちょっと確認してよろしいですか」

 気圧されて、ただうなずく。ラヴィアンはコホン、と一つ咳払いをすると、

「アグリアス様と隊長、正味のところはどこまで行ってらっしゃるんですか」

「どこまで、と言われても……」

「お互いの気持ちは伝えあったんですよね?」

「それは……まあ」吹雪の夜に、半ばやけくそでだったが。

「キスは?」

「……二、回」ほっぺにだが。

「それから?」

「……つききりで看病してもらった。風邪をひいたので」

「ほかには?」

「朝、部屋に入ってきて起こしてくれるようになった」

「それで?」

「……」

「それだけですか?」

「…………」

「アグリアス様。無礼を承知で、敢えて申し上げさせていただきます」見たこともないような厳しい顔をしたラヴィアンがアグリアスの目をまっすぐ覗き込んできて、

 

「バカじゃないの?」

 

「………………」

 

「三カ月ですよ? 三カ月。早ければお腹も大きくなってこようかというこの時期に!」大きくなってたまるか、と思いつつも、ラヴィアンの気迫に押されて声が出ないアグリアス。

「お二人とも奥手で鈍感なのは存じてましたが、ここまでとは」アリシアまでが形のいい眉を曇らせて、そんなことを言い出す。

「言うにことかいて、ほっぺにキスですって!? ああ、もう!」

「うううう」

 アグリアスとて、ラムザともっと踏み込んだ関係になることを考えないわけではない。ラムザだって健康な男性である以上、そういう欲望は当然あるだろう。ラムザが望むなら、こたえる用意は……というか、拒めはしないだろうと言う予感が……ある。しかし、

「隊長ですか! 隊長がいけないんですか!? ええ不甲斐ない、こうなったら一度びしっと……」

「わーっ! 待て待て!」

 今にも飛び出していきそうなラヴィアンを慌てて引きとめ、「べつに、私は今のままで不満はないのだ。それをわざわざ……」

「アグリアス様になくてもこっちが不満です!……じゃなくて」ラヴィアンは椅子に座り直し、居ずまいを正してアグリアスに詰め寄る。

「子供じゃないんですよ? 好き合っている若い男女が、三月も一つ屋根の下で暮らしていて何もないなんて、どこかで誰かが無理をしてるに決まってるんです。アグリアス様に不満がないというなら、ラムザ隊長が」

「う、む…」

 それも、考えてはいる。自分が鈍感なせいで、ラムザに我慢をさせているのかもしれないと。ラヴィアンの言う通り、子供ではないのだ。そばにいればそれで満足、などというわけはない。

「だが……」

「だが?」

 ラムザから自分に、そういう感情を向けられた記憶がない。あわや、というような状況になったことも何度かあったが、そういう感情を無理に我慢しているという気配さえ、感じたことがないのだ。

「アグリアス様が鈍くて感じ取れないだけではないのですか」

「ぐっ」

「隊長も人一倍鈍い上に奥手で、おまけに真面目な方ですからね」ラヴィアンが溜息混じりに、

「それにしたって、リードするのは殿方の役目でしょうに。やはりひとつ私が」

「だから、待てというのに!」

 再び立ち上がりかけたラヴィアンを制し、アグリアスは大きく深呼吸する。

「……その、私は……ラムザを、信じている」

「だから、それが」

「そういう意味ではなく!」真っ赤になった顔を何度もなでて、早鐘を打つ心臓を静めつつ、一つ一つ言葉を選んでいく。

「ラムザは確かに鈍感で、奥手で、おまけに子供みたいな顔してるが、でも一人前の男だし、私の気持ちも知っている。性格とか、立場とか、私がにぶちんだとか、いろいろな理由で我慢をしているのかもしれないが。それでも、本当に、私を……その、欲しいと思ったなら、何というか、そういう行動をするはずだと信じている。つまりその、私の前で、そんなに無理をして気持ちをねじ曲げることはしないと、信じている。それに気づかないほど、自分が愚かだとは思わない。

 ……だから私もラムザも、今はこれでいいのだと思っている。仕方なく今のように暮らしているわけではないと、思っている。でも、いつか、ラムザが、そういうつもりになって……そうして、求められることがあれば、私は受け入れるだろう。あの人を」

 しばしの沈黙が落ちる。

 いつしか、ラヴィアンもアリシアも、言葉を忘れて聞き入っていた。やがてラヴィアンが、ふう、と大きく息をつく。

「隊長のことが、心底好きでいらっしゃるのはよっくわかりました。でもねアグリアス様、だからって女の方から何もしなくていいということにはならないんですよ」

「あぐ」

「その気があるなら、殿方がそういう行動に出やすいようにアプローチをしてやるのも女のマナーです。アグリアス様、アプローチの仕方なんて全然ご存知ないでしょ」

「あぐぐぐ」

「でも、一つだけ安心しました」再びしぼみゆくアグリアスに、アリシアが後を引き取って、

「アグリアス様は、ラムザ隊長のことを愛してらっしゃるんですね?」

「それは、もちろんだ」

 少し頬を染めながら、それでも当然のことのように言い切った自分たちの上司が。今まで知るどんな表情より美しいと、ラヴィアンとアリシアは思った。

 廊下に足音が聞こえ、

「あの、お菓子の準備ができましたけど」

 ラムザがひょいと顔を覗かせた。女三人は何も知らない男の顔をしばらく眺め、それから一斉にクスクスと笑った。

「?」

 

 

「ごちそうさま、ラムザ」

 夕食後、いつもなら中庭で剣を振っている時間をもてあまし、アグリアスは大きく伸びをした。

「やれやれ、やっと今日が終わるか」

「お疲れさまでした」

 空になった皿を手早くまとめてながら、ラムザが笑う。

「わがままを聞いていただいて、ありがとうございます」

「いいさ、これくらいはな。……ラヴィアンとアリシアに見られたのは予想外だったが」

「あははは」

 皿を満載した盆をかかえて厨房へ向かうラムザの背中を見ながら、ふと、

「……なぜ、一人では着られないドレスにしなかったのだ?」

 盆をひっくり返しそうになったラムザはかろうじてバランスを立て直し、

「え?ええ?……いや…それは、まあ」

「……」

 言った当人も赤面してしまい、黙り込む二人。ラムザはすこし考えた後、ゆっくりと盆をわきへ置いた。

「アグリアスさん、もう一つだけお願いをきいてもらえませんか?」

「うん?……なんだ」

 きょとんとしているアグリアスにすたすたと歩み寄り、大きく手を広げると、ラムザはそのまま、アグリアスを優しく抱きしめた。豊かな金色の髪に鼻先をうずめ、耳元でそっとささやく。

「少しの間だけ……こうしていさせて下さい」

 一瞬、硬直してしまったアグリアスもすぐに体の力を抜き、そっとラムザの胸板に手を添えて身をゆだねる。

「……………………ああ」

「大好きです、アグリアスさん」

「ああ…………」

 今のままでいい。まだ、しばらくは。互いに一番大切な人のぬくもりに包まれて、鈍感で不器用な二人は、今このときの幸福を全身で受け止めていた。

 

 窓辺のスノードロップが、苦笑いするように小さく、暖炉の炎を映してゆれていた。

 

 

 

~fin~

 

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