FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】新人入隊

 

こんにちは皆さん。長かった冬が去り、今年もイヴァリースに春がやって来ました。

陽気に照らされると、無理矢理にでも元気にさせられてしまうのが春の魅力です。今日、

白羊の月の十日も、わたしにとってそんな春の訪れのような日でした。

あ、申し遅れました。わたし、ドーターの戦士斡旋所に所属している白魔道士です。

 

いえ、名前なんて、そんな。しがない子娘に過ぎないんです。生まれつきのドジな性格

が災いして、もうジョブレベル5にもなるのに、まだ斡旋してもらえていないんです。

姉達は皆傭兵として活躍しているのに…この間はついに妹にまで抜かされてしまう始末。

あ、つい愚痴っぽくなっちゃいましたね。でも、そんなわたしにも春が来たんです。

そうです、わたし今日ついに斡旋されたんです。マスターに名前を呼ばれた時には聞き

間違いかと思いました。でも、三十回ほどわたしの名前が呼ばれるのを聞いて、期待は

確信に変わりました。

ついにわたしを必要としてくれる人が現れたんです!踊りだしたいような気分をお

さえて、ローブの裾を踏んづけながら表に急ぎました。妙に怒っているマスターに別れ

を告げ、揚々とドアに手をかけて、あぁわたしの王子様はどこ?

 

表には薄い毛並みのチョコボを一匹連れている、これまた髪の薄い青年がいました。

白馬でも王子様でもありませんでしたが、この際構いません。挨拶をしようとすると、

「あーっと、自己紹介は後にしてくれるかな。ちょっと急ぐんだ」

と、遮られてしまいました。なんでも街から少し離れた所に野営をしていて、早い内に

戻りたいということでした。

「悪いけど、コイツしか連れてこなかったんだ。ひとつ相乗りで我慢してくれよな」

宿にも泊まらないし、チョコボは一匹だけ。まさかこの人たち貧乏なのかしら、なん

て邪念が頭を過りましたが、今のわたしは喜びでいっぱいなのであまり気にしません。

急ぐと言っていた割にはゆっくり走るのも、腰に回された手がなんだかいやらしいのも

きっと気のせいです。

 

 

 

森の中を駆けるチョコボの、心地よい揺れ具合の中でわたしがうとうとしかけた頃、

ちらほらといくつものテントの影が見えだしました。薄い人がチョコボを飛び下ります。

「よっ…と、ここが俺達の陣営さ。あ、俺はムスタディオって言うんだ、よろしく」

差し出された手を握ろうとしてチョコボから、ぼて。起き上がるといつのまにかムス

タディオさんの手には一枚の羊皮紙とペン。

「これから隊の皆に会ってもらうけど、その前にいくつか質問させてもらいたいんだ」

質問?

「いやいや、簡単な職務質問だからさ。気楽に答えてよ」

あ、はい。

「えーと、じゃまず名前聞いてなかったな」

えっと、エレーヌです。

「エレーヌちゃん…と。いい名前だなあ。修得してるジョブは?」

そんな具合にいくつか簡単な質問、それにまじって雑談。明るいムスタディオさんの

人柄に大分わたしが馴染んだ頃、質問の内容は星座、趣味、恋人と変な方向に傾きだし

ました。

「じゃあ次、えぇ…スリーサイズは?」

「はい、上から……え?」

なんでスリーサイズが必要なんでしょう。

「いやさぁ!ウチは流れ者だから。ある程度装備を使い回してやりくりしてるんだよ。

でもこれが結構大変でさあ、エレーヌちゃんみたいなゆったりローブだと誰でも着れる

んだけど、鎧だのとなってくると身体のサイズが関わってくるんだよねえ!まあ俺達

男連中なんかはその点楽だよね、…ははは!ははは!」

そういうものなのかしら、いやに必死のような気がするけど、急に饒舌だし。いえ、

きっとわたしが未熟なんでしょう。なんといっても初めての入隊なんですから。

 

「えぇと、………・……・……、…です」

「へえぇ!?そんな着ヤセするタイプなんだ!じゃ…」

「ちょっとムスタディオ、なにしてんのよ」

勝ち気な声に振り向くと、気の強そうな女の人が腰に手を当てていました。

「ラ、ラヴィアン…いや俺は」

「なにその紙、みせなさいよ。………質問リスト?」

ラヴィアンさんは有無をいわさず羊皮紙を取り上げてしまうと、見る見るうちに顔を

真っ赤にして、

「ばっ、あ、あんた何考えてんのよ!『処女ですか』ってねえ!」

「あのぅ…わたし処女じゃ…」

「こ、答えなくていいのよっ!ホラ、あんたはさっさとボコ連れていきなさい!」

「そんなぁ……。エレーヌちゃん、続きまたあとでねーっ!」

手を振りながら、瞬く間に退散してしまうムスタディオさん。質問はあれでよかった

のでしょうか。まだまだ分からないことだらけです。

 

ムスタディオさんを見送ると、ラヴィアンさんはわたしに向き直りました。

「……まったく見境のない…。あ、エレーヌさんって言ったっけ」

「は、はい、お世話になります」

「うん、よろしくね。まだ来たばかりよね?私が案内してあげたいところだけど…、

あ、アリシア!ちょっとアリシア、こっち!ちょうどよかったわ。こちらエレーヌ

さんね。今日ムスタディオが連れて来た、新人の。…ねえ、悪いんだけど私まだちょっ

と仕事があるのよ。またいつもの隊長の…、それでこの人の案内引き受けてくれない?

確かあんた暇だったわよね」

「いいわよ、べつに。今日はあなたの番だったのね、急いだ方がいいわよ。…あ、エレ

ーヌさん?私アリシアです、よろしく」

「あ、あの、よろしく」

「あはっ、緊張してるんですね。あなたいくつ?」

「えぇ…、18です」

「私と二つ違いね。大丈夫ですよ、あなたより若い人もいるし。じゃ、行きましょうか」

アリシアさんは世慣れした感じのする方で、にっこり笑ってわたしの手を引きます。

ほっとしました。どうやらとってもいい人たちみたいです。他にはどんな人がいるの

か、すこし期待に胸が弾んできました。

 

 

 

──それからどれぐらいの時間が経ったでしょうか。鳥の羽ばたきにふと空を見上げ

ると、頭の上にあったお陽さまはもう半分山の陰に沈みかけ、額からはうっすら汗が浮

き出てました。隣を歩くアリシアさんも息をつき、ふたり木陰に寄り掛かりました。

「……もう、大体まわったかしら?あぁ!今日はほんとに暑いわね。ハイ、お水」

渡された水筒の水が、乾いた喉に気持ちいいです。息を整えながら、わたしは指折り

先ほど顔を合わせた人たちのことを思い返しました。

雷神シドに名前も顔もそっくりのオルランドゥさん。仲の良い兄妹のラファさんとマ

ラークさん。信心深そうな騎士のメリアドールさん、この時は直前にみたマラークさん

の髪型が強烈に目に焼き付いていたので、思わずメリアドールさんのフードの中に同じ

髪型を想像してしまい、必死で笑いをこらえていました。それに、クールですごい二枚

目のクラウドさん。わたしとお揃いのリボンをしてらしたので、なんだかお友達になれ

そうです。他にも………、あ。

そういえば。思い出しました、わたしまだ、肝心の隊長さんにお会いしていませんで

した。これはさっそくアリシアさんに御案内して頂かないと。もう一口水をふくみ、水

筒を返そうとアリシアさんを見ると、その背中越しにこちらに歩いてくる人影が目に映

りました。

 

 

「…あ、アグリアス隊長」

「ここにいたのかアリシア、ラッドが捜していたようだぞ」

隊長、というアリシアさんの言葉にわたしは目を丸くしました。目の前にいるのは、

長身で確かにとても威厳のある方なんですが、

「え、ラッドが?あ、あの、何の用だったんでしょうか」

「直接聞くといい、ついさっきのことだ。今は向こうで見張りをしているだろう」

そういいながら、顔にかかった髪をかきあげるアグリアスさんは、女性でした。それも

とびきり綺麗な。まさか女性が隊長とは思いませんでした。

「ところでアリシア…そちらは?」

「あ…、言い忘れてました。今日から入隊した…」

いつのまにか向けられている二人分の視線。第一印象が肝心です。わたしは身体を緊

張させました。

「エレーヌと申します!よろしくお世話になります、隊長!」

頭の中で自分の声が反響しました。自分でも、珍しくハッキリと喋ることができたと

思ったのですが、お二方の反応は、それはキョトンとしたものでした。

 

 

「…………ぷっ、ふふ…」

「…こら、アリシア。お前のせいだろうが」

しばらくして吹き出すアリシアさんと、それをいさめるアグリアス隊長。何だか事情

が飲み込めません。やがて隊長が仕切り直すように咳払いをしました。

 

「あー、エレーヌとやら。申し訳ないが私は隊長ではない」

「は……え…?」

「アグリアス様は、この隊に来る前から元々私の隊長なの。そういうわけで、今も習慣

で隊長って呼んじゃうのよ」

「だから前からやめろといっているだろう…、ややこしい」

「でもここまで豪快に間違えた人は初めてですよ。あー、おかしい。」

「…アグリアスさんは…隊長ではない、んですか……?」

わたしはまだ事態を把握できていません。

「そう、あぁそうだ、ちょうどいい。ラムザの所へ行く途中だったんだ。エレーヌ殿も

一緒に来てくれ。アリシア、皆には会わせたのだろう?」

「ええ。じゃあ、わたしはラッドの所へ行きます。それじゃエレーヌさん、またねっ」

軽快に手を振りつつ、軽い足取りで行ってしまうアリシアさん。わたしがぼんやりと

アリシアさんの後ろ姿を見ていると、気付けばアグリアスさんの姿はなく、さっさと先

を歩いておられました。三人目の案内人の方は、ちょっと怖そうです。

 

 

サクサクと草を踏み分ける音がいやに大きく聞こえます。それは当然のことで、だっ

てアグリアスさん、一言も喋らないんです。さっきからわたしの身体は緊張で震えてい

ます。おまけに歩調がゆっくりなので、アグリアスさんのやや後方を歩きつづけるため

にすごく神経を使います。そんなことでわたしの震えがピークに達した時でした。

「そんなに堅くなることはない」

アグリアスさんから、先程と同じように凛とした声が聞こえました。

「新たな隊に入る、というのは不安なものだ。気心のしれない連中、隊長に恵まれない

こともしばしばある。世の中話の分かる人間ばかりではないしな。かくいう私も、嫌な

上官を殴り倒したことがあるぐらいだ。だが、大丈夫だ。ラムザはとても優しい長だ。

多少抜けているところもあるがな、誰にも慕われている。隊の皆も、私のような堅物で

はなく気のいい連中ばかりだ。貴公の心配も杞憂だとすぐにわかるだろう。そんなに肩

をはって歩かなくても大丈夫だ」

アグリアスさんは相変わらず前をむいたままです。それ以上は喋らず、また沈黙が続

きます。けれどわたしの震えはいつしか治まっていました。不思議ですが、ひどく無愛

想なこの人に、わたしは今日一番の安堵を抱きました。

 

 

「エレーヌ殿、しばし待っていてくれ」

テントの一つの前、アグリアスさんは足を止め、わたしを外に待たせると、咳払いを

数回。

「ラ、ラムザ?ちょっといいか、新人を連れてきたんだが……」

「あぁ、アグリアスさん。どうもお疲れ様です。ちょうど今、装備の……」

中でちょっとした話が始まったようでしたが、わたしはその内容よりも声に釘付けで

した。聞こえてくるのはとても柔らかい男性の声と、こちらもかなり柔らかい、裏返り

気味の女性の声。それはさっき耳にした声とはまるっきり別人で、

(え、これアグリアスさん?……じゃないわよね。あれー…?)

わたしが頭をひねっていると、やがてアグリアスさんが再び顔を出し、

「エレーヌ殿、入ってくれ」

やっぱり違う声です。テントの中に女性の影を探してみましたが、あるのは一人だけ。

やっとお会いする隊長さんのお姿だけでした。

 

 

「初めまして、ラムザといいます。よろしく」

とても丁寧に頭をさげてくださる隊長さんは、確かにアグリアスさんのいった通りの

方でした。いえ、想像以上でした。あまりにも穏やかすぎて、隊を仕切る方にはとても

見えません。さっきは意外だったアグリアスさんが隊長、という方が今はよっぽどしっ

くり来ます。そんなことを考えていたせいか、差し出された手に一歩踏み出した途端、

裾を思いきり踏んづけてしまいました。

何ということでしょう。よりによって今日、わたしの人生でも滅多ない大事な局面で

痛恨の失態です。普段この時の分も転んでおくべきでした。もうお終いです。お二人の

頭には私は阿呆としてインプットされることでしょう。そしてまた「七転八倒」なんて

アダ名で呼ばれるんです。さよなら、短い間の初めてのお仲間さん達。さよなら、わた

しのつかの間の春……。

と思ったら、わたしはがっしりとしたラムザさんの腕に受け止められていました。顔

を上げるとラムザさんの顔が目と鼻の先に。

 

ああ、おわかりいただけますでしょうか。その時のわたしの胸の高なりが。近くで見

るラムザさんの顔はそれは驚くほど凛々しくて、なんかもう後光が射してました。もう

目の前は桃色ですよ。夢心地にわたし、気付いたら目をとじりとしてしまいました。そ

してぐっとわたしの襟が引き寄せられます。ラムザさんてばみかけによらず大胆です。

けれど、襟を掴む力は更に増し、そのまま起き上がらされてしまいました。あれ、と

目蓋を持ち上げると、アグリアスさんの顔が目の前にありました。顔が般若でした。

 

 

「エレーヌ殿………」

「は、はい……」

「新人には炊事を担当してもらうことになっている……」

「はい……」

「炊事場は、ここを出て右だ……」

「は…ひ……」

「かけ足ィッッ!!」

「はいぃっ!」

空回りする足をもつれさせながら逃げました。あ、いえ急ぎました。出口でまた強烈

に転び、もたもたしていると、後ろから「ラムザ、私も白魔道士に…」という声。ああ、

それにしてもアグリアスさんはやっぱり怖い人でした。危うく騙されるところでした。

ところで、左にいくら走っても炊事場が見つかりません。どうしましょう。

 

 

その後もいろいろあり、入隊初日からとても波瀾に満ちた一日でした。どうやらわた

しはとんでもない人に睨まれてしまったらしいことが、周囲の雰囲気でわかりました。

これからうまくやっていけるでしょうか。姉さん、わたしかなり不安です。

 

イヴァリースの四季は、どれもみな、それぞれに深い味わいを秘めていて、気の遠くなるような年月を

経ても色褪せることのないその美しさを、めぐる度に惜し気もなくわたし達に見せてくれます。

その中でも、わたしのお気に入りはやっぱり春でしょうか。清らかな白に包まれた静寂の冬が過ぎさり、

草も動物達もみな待ちきれないように顔を出して、陽光に洗われた大地を様々な色で染めてゆく様子は、

まるで真っ白なキャンバスに美しい夢が描かれてゆくよう。

だから、春は夢心地の季節です。日々出会う、なにもかもがわたしを安らぎに誘ってくれます。

春風にのって舞散る花吹雪。野を自由に駆ける動物達。冬のなごりが静かなせせらぎを奏で、それに合わせて

楽しげに歌う小鳥達。カビ臭い湿りきった空気。苔むしたぬめる地面。闇の中に息を潜める黒い影に、

そして時折踏みつぶす油虫の感触。

こんにちは皆さん、エレーヌです。今日はディープダンジョンに来ています。

進む限り真っ暗で、おぞましい魔物達の巣食う古のダンジョン。春の訪れに浮かれまくっていましたが、

朝は明るくなる前から、夜は陽が沈むまでこの洞窟に潜り、長閑な陽気から完全に隔離されてしまったので、

夢は夢でもすっかり悪夢心地です。でも、そんな不満は言っていられません。何しろここに来た目的は、

一つは地下に眠る財宝探索ですが、もう一つはわたしのためなのですから。

あれは十日ほど前の事だったでしょうか、わたしは秘かに離隊を考えていました。それというのも、

つくづく自分に嫌気がさしたからです。

入隊間もなく分かった事なんですが、実はラムザさん達とてもお強いんです。とっても。こちらの何倍は

いようかという数の盗賊団に襲われたと思えば、寝ていたわたしが起きることなく戦いが終わってしまうし、

巨大なドラゴンを相手に、流石に苦戦してるのかと思えば、勧誘していただけだったり。

 

比べてわたしはみじめなもの。することといえば、炊事をして、お昼寝をして、アグリアスさんに

起こされて、洗濯をして、うたた寝して、起こされて、居眠りして、要するに昼寝…いえ雑用係です。

その雑用ですら失敗ばかり、テントは燃やすわチョコボは逃がすわ。

入隊前には、前線で活躍する自分を想像してましたが、今となっては夢のあとです。ラムザさんも、さぞ

失望されているでしょう。きっと除名されるのも時間の問題です。それならいっそのこと、無駄なお手間を

とらせないように自分から出ていった方が。そう思い立ち、わたしはしょんぼりと荷物をまとめていました。

 

そのとき、外で荒い怒鳴り声。しばらくすると、アグリアスさんがお怒りの様子でわたしのテントへ

やってきました。

 

「エレーヌッ!炊事をさぼるなと……」

「あっ…ア、アグリアスさん」

「…何をしているんだ、エレーヌ?何だその荷物は」

「えっ……あの、あの……」

「…まさかもうここに嫌気がさしたのか?」

「いえっ!そんなこと!皆さんとてもよくしてくれて…でも、わたし…なんだか、足手まといみたいですし…」

「……確かに貴公は足手まといだ、今はな」

「でしたら……」

「今は、と言っているだろう。自分の弱さが分かっているなら、何故努力しない?それとも、皆が貴公より

劣っている者ばかりだと思っていたのか?少しばかり魔法が使えるぐらいで、天狗になっていたのか?」

「……そんな、わたしは…」

「自信を持つのは構わん、大いに結構だ。卑屈な人間は私も好かない。だが、それがちょっとやそっと

挫かれた程度で簡単に砕けてしまうような脆弱なものならば、それはただの慢心に過ぎない。世間知らずの

憶病者、井の中の蛙というものだ」

「………」

「言っておくが、他に貴公の行くところなどないぞ。そんな根性のない者など、どこに行ったところで

うまくゆきはしないだろう。それでも行きたいのなら引止めはしない、さっさと荷造りの続きにかかれば良い。

私は行かせてやるぞ」

 

 

そういってわたしを見下すアグリアスさんの目には、優しさの欠片もありません。そんなこといわれたって、

どうしようもないじゃないですか。なんて憎たらしい顔でしょう、美人だし。アグリアスさんみたく完璧な

人には、役立たずの気持ちなんて分からないのでしょうか。それとも、昨日アグリアスさんの下着を、鍋敷きと

間違えて使ってしまったのバレたのかしら。わたしが俯いていると、溜め息がきこえました。

「……貴公は隊長を…、ラムザを信じてはいないのか」

「……え」

「……我々は今、デーポダンジョンと呼ばれる場所に向かっている、聞いたことぐらいはあるだろう」

ディープダンジョンじゃ……」

「目的は貴公の鍛練だ」

「えっ(あっ、無視…)」

「ラムザが貴公を入隊させた時に、何も考えていなかったと思うか?貴公の力が、恐らく前線ですぐさま

私達と張り合えるような位置には満たないのではないかと、貴公がお荷物にはならないのかと。そんなことも

考慮しないで、いたずらに貴公を傷つけるような人間だと思うのか?」

「………(ディープダンジョンなのになぁ…)」

「言っただろう、ラムザはとても優しい人だ。貴公が心配するようなことはなにもないと。彼はあんな細い肩に、

我々には想像もできないような重荷を背負っているくせに、それなのに、自分を捨てて他人のことにばかり

頭を傾けているんだ。無論貴公のことにもだ。まったくひとの気も知らないで……いやっ、その、とにかく!」

「……はあ」

「いいか、集団で最も重要なことは信頼だ。互いに全てを託せる様でなくてはならないんだ!

仲間を家族だと思え、いや家族以上にだ!そうすれば、それは何者よりも強い絆を生む。それが集団の力だ。

だが、どちらか一方の信頼がかけていれば、そんな結束は絶対に成り立たない。分かるか!?」

「信頼………」

「…確かに貴公はまだ日が浅い、初めからそこまでの信頼など持てないかもしれない。それならば、せめて

意地でもここに居座ってやるという気負いを見せろ!周囲に自分を示せ!

それもできないようなら、黙ってついてこい!私がその脆い性根を叩き直してやる!」

 

 

「アグリアスさん…」

「第一、 貴公の修行だけが目的ではないぞ。他にも用はあるんだ。貴公は余計な気などまわす必要は全くない。

もっとも、そんな気など起こらぬほどしごいてやるつもりだがな!」

 

 

ガンガン怒鳴られてしまいました。やっぱりアグリアスさんは厳しいです。その口調も態度も、厳しすぎます。

だけど、なんて力付けられることでしょう。まるで厳しい母親のよう。いつのまにかわたしは立ち上がっていました。

「……ありがとうございます、アグリアスさん!わたし…やります!ラムザ隊長を信じてみます!

ラムザさんのお気持ちを無駄にはしません!頑張って、きっとラムザ隊長のお役にたてるように…!」

「……ええい、ラムザラムザとうるさいっ!貴公は自身の向上だけを考えていればよい!」

「………へ、…はぁ……」

「まったく……」

苛立たしげにテントから出ていかれるアグリアスさん。また怒られてしまいました。よくわかりません。

でもありがとうアグリアスさん。わたし、甘えていたみたいですね。そうよ、わたしにはここの他に

行くところなんて、いいえ行きたいところなんてないじゃないの。頑張るのよエレーヌ!

一人で意気込んでいるとアグリアスさんが戻って来ました。

「炊事!!」

「ごめんなさーい」

母親というより、小姑に近いかも知れません。

 

 

 

 

そんなわけで現在わたしは修行の日々。ジメジメした地下での戦闘は正直辛いものですが、でも楽しいことも

あります。それはなんといっても、ラムザさんが付きっきりでサポートしてくれることです。

「エレーヌさん頑張って!」

「落ち着いて、君なら大丈夫!」

近付いてくる魔物を蹴散らしながら、ラムザさんは懸命に声をかけてくださいます。甘ったるいエールに

浸りながら、ひたすら力をためるわたし。暗闇で二人きり、あぁもう、幸せで腕の筋肉痛も気になりません。

ところでアグリアスさんはというと…、あ、こっち飛んで来た。閃光がわたしの横を突き通りました。

ああやって、日がなやたらと聖剣技を飛ばしていらっしゃいます。どういうわけか、わたしの方によく飛んで

来ます。近くに敵もいないのに、あ、また。そんなにわたしをしごきたかったのでしょうか。

あ、ラムザさんに当たりました。

そんなこんなで何日かが経ち、「ためる」の成果でわたしの腕がラムザさんの首ぐらいの太さになったころ、

わたしは「算術士」というジョブになりました。毎日いわれるままにジョブを変更していったのは、このジョブを

修得するのが目的だったそうです。なんでも、全ての事象の真理を数学の理で解き明かし、詠唱もなしに

魔法を行使できるという、とても優れた上級ジョブだとか。腕はモンクですけど。

折よくお目当てだった財宝も見つけることができたので、ここを離れる最後の日にわたしは本当の意味での

初陣を踏むことになりました。ついに戦力の一人として戦える。わたしはようやく隊の一員になれたような、

そんな誇らしい気持ちで胸がいっぱいでした。

隣を見ると、アグリアスさんが何もいわずに肩を叩いてくれました。わたしもそれにうなずきます。

あのお説教がしみじみと頭に浮かびました。あの時はあんなに憎たらしかったアグリアスさんの顔が…

やっぱり憎たらしいです。何回も殺されかけましたし。

でも本当にこの隊に来てよかった。初めてラムザさん達に出会い、そして受け入れられた日の喜びが、

ふたたびわたしをゆさぶります。忘れられないあの日。わたしに大きな道が開けたあの日。

そして今日もまた、きっと生涯忘れられない日になると、わたしはそう信じています。

 

 

 

 

それで…、ええ、確かに今日は忘れられない日になりました。なんでって…、またやってしまったんですから。

今さらですが、わたし馬鹿でした。「算術士」っていうからには、当然算術を心得ていないといけない

わけですよね。10以上の数とか、数えられないといけないわけですよね。そんな女が出陣するとどうなるか、

もう大体お分かりですよね……?

 

 

「エレーヌさん、アグリアスさんにケアルガを!」

「はい!」

アグリアスさんはハイト6。……6、ろく?6は……縁起が悪いから素数かしら。

「ええと……ハイト素数ケアルガー…………?」

…何も起こりません。暗闇に空しく響くわたしの声。隣のラムザさんの不安そうな視線が痛いです。

「エ、エレーヌさん?」

「…………えー…と」

「…!アグリアスさん、危ない!」

見ればアグリアスさんの後方から魔物が、うずくまっているアグリアスさんにとどめを刺す気でしょうが、

そうはいきません。敵のハイトは3…、3は3の倍数に決まってます!

「ハイト3ホーリー!」

途端に闇を照らす光、今度は成功みたいです。清らかな光が魔物に降り注ぎ、轟音と共に魔物を消し去りました。

ところが美しい光がもうひとすじ。

「……あ」

「エ、エレーヌッ。貴様っ!」

ははあ、6は3の倍数なんですね…。断末魔のアグリアスさんの形相は、またも般若でした。

レイズ……かけたくないです。

 

 

こうしてわたしの輝ける初陣は、九九の書き取りに終わりました。またしばらく雑用係です。

アグリアスさんには余計睨まれてしまいました。姉さん、まだまだ先行き不安です。

 

 

 

チュンチュンと小鳥が森の朝を告げて、テントに空いた穴からうっすら朝焼けが見えます。

おはようございます皆さん、エレーヌです。でもまだ眠いので、おやすみなさい。

「エレーヌ、起きろっ!」

「ひぃぃッ」

バサッと私の毛布をひっぺがすのはアグリアスさん。なんでこの人と同じテントなんでしょうか。

寝ている人の毛布を剥ぐなんて、人権無視です。

私は断固抵抗の意を示して毛布にかじりつきました。

 

「こら、起きろエレーヌ。もう朝だぞ」

「…まだ暗いじゃないですかっ、おやすみなさい」

「お前は朝食の支度があるだろうが、起きろ!」

「お腹へってないですっ、おやすみなさい」

「私は減ってるんだ、早くしろ!」

「…ひょっとしてお料理できないんですか」

「くだらん事をいうな、炊事は新人の仕事だといっているだろうが」

「だって…私より新人がいるじゃないですか」

「うりぼうに炊事ができるかッ、寝ぼけるな!」

「でも、あの子今日食べるんでしょう…?」

「あぁ、もう!いい加減にしないと服ごとひっぺがすぞ!」

「いやっ、やめてください。大きな声だしますよ」

「ばっ、馬鹿!いいから起きろっ!」

「うー……アグリアスさん、なんでそんなに早起きなんです」

「だらしないやつだな。いいか、昔から『早起きは3ギルの徳』といってな。規則正しい生活習慣は

健全な身体だけでなく、健全な精神をも養うというわけだ。それだけでなく」

「ぐー」

 

でも結局アグリアスさんには勝てません。

こんなやりとりも、アグリアスさんが静かになったら危険信号です。

そのまま寝てると冷水をかけられた上に鞭で引っ叩かれますから、わたしはこのへんで渋々毛布をぬけだします。

毎朝こんなことの繰り返しなわけです。

 

ところが。

今朝は珍しく早起きしてみれば、隣のアグリアスさんはこれまた珍しくお寝坊です。

大口を開けて、むにゃむにゃ寝言をいっています。

「…んー…恥ずかしがることなど…ないだろう……ほら……うふふ……」

まぁー、普段人にあんなことをしておいて、何でしょうかこの有り様は。まくらに抱き着いたりして。

どんな夢を見てるんだか、すんごい幸せそうな顔…、腹立たしいったらありません。

そういえば早起きは3ギルの徳だそうですね、それならさっそく起こしてあげないと。

わたしはこそこそとアグリアスさんの毛布に潜り込みました。

「それっ、こちょこちょこちょー」

「ひっ!?あっわっ、ラムッ………な、エッエレーヌ!?」

「朝ですよー、こちょこちょ」

「こ、こら…あはははひゃ、やめ…!」

「ほらほらほら」

「わひゃひゃひゃひゃひゃ…やめろっ、苦し…ひ…」

「こちょこちょこちょこちょこちょ」

「き…貴様、おこっ……ひぃっ、あはははあひゃひゃ!」

「起きないとやめませんよー、こちょこちょ」

「く…あ、やめ……てへひゃひゃはははひぃ、い、息…がっ……ひひはひゃひゃ…たす…けっ」

「こちょこちょこちょこちょこちょ」

「あひゃひゃひゃひゃはゃひゃ…!お、おね……がっ」

「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」

「あははははははははははははははははは…………っ……」

「こちょこちょ…………あれ」

まーた寝てしまいました、しょうがない人ですね。あ、そうだご飯作らないと。

 

あれっ?アグリアスさんの上に数字が……。……しーらない。

 

 

~fin~

 

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