【FFT SS】A flower of mine
ある昼下がりの午後、ラムザたちは街の近くで野営をしていた。
北天騎士団の支配地域にはいり、めだつ多人数で行動する事を避け小人数に別れて物資の調達をする事になったのだ。朝から少しずつ街に向かい、今残っているのは居留守役とモンスター。そしてラムザとアグリアスだけだった。
アグリアスは太陽が中天を少し回った所に来ているのをまぶしげに確認するとラムザのテントの前まで来て中に声をかけた。
「ラムザ、そろそろ我々も出立しないと」
「あっはいちょっと待ってください今出ますから」
慌てて出てきたラムザを見てアグリアスは目を丸くした。
「なんだ?その格好は」
といってもラムザが珍妙な格好をしていたわけではない、むしろ街の商人風の服なのだからいつもよりまともな格好であったとさえいえる。
「?。アグリアスさんこそなんでまだ鎧すがたなんですか?」
「なんのことだ?」いぶかしげに問い返すとラムザは困惑した表情になった。
「アリシアさんから聞いていませんか?」
「アリシアなら朝から私のテントの周りをうろちょろしていたが…、いや待てラムザ延々と問答を繰り返していても埒があかん。要は私が何を聞いていないと?」
「ああ…いやなんとなくわかりました」ラムザはいかにも『しかたがないなあ』といった表情を浮かべた。
「変装をね、することになってるんですよ」
「変装?」
「ええ、目立たぬように武具を調達する班以外はみんな農夫やら巡礼者なんかの格好をしてるんですよ」
「まさか…私にも農夫の格好をしろとか言うのではないだろうな」
アグリアスの表情がみるみる硬くなる。
「あー…、それだからアリシアさんが言いしぶったんですよ」
(なんでこのひとは自分が農夫に変装なんて発想ができるんだろう?)
そうラムザは考えてアリシアが自分に面倒を押し付けていったことに気づいたがいまさら後の祭だ、アリシアは早いうちに街に向かっているそれに考え様によってはおいしいところを譲ってもらったととれなくもない。
「む、馬鹿にしないでもらいたいな、私が事の分別をわきまえていないとでも?己に架せられた責任を果たすためなら農夫の格好をするくらい甘んじて受け入れるぞ」
ラムザは頭が痛くなってきた
「いえ、違います、農夫じゃありませんよ、」
「じゃあ巡礼者か?それならたやすいが」
「いいえ違います、用意された服にも限りがあるんですから、いいですか?」
ラムザはにっこり笑って―「残っているのは女性用の服が一着だけです」―いったアグリアスの頬にさっと朱が差した。
「あ、ああ、そうか、あたりまえだな、いや、しかし、その、恥ずかしいな。いやつまり、自分がそのことに、その、スカートをはく事にではなくて、いや、それをはくことにだな、気付かなかったことが、恥ずかしいのだが」
アグリアスはしどろもどろに言い訳を始めた。
「ももちろん慣れてない訳ではない、領地に帰ればそのような格好で過ごすのが、うむ、あたりまえなのだからな、しかし騎士団にいたころはもちろん何時もこの格好だったし、その前は修道院にいた時期も長い、正直慣れているとは言い難い」
アグリアスは多大な努力を使って何とか動揺を鎮めようとしているがとても成功しているとは言えない、しかもラムザが横槍を入れる。
「よく似合うとおもいますよ」
「い、いや、しかし、それならだな、わたしが留守を預かるから、貴公ともうひとりが 街にいってきたらどうだろうか」
「…残っているのはみんな男ですよ。それとも暗にぼくに女装が似合うとおっしゃりたいんですか」ラムザはわざと皮肉を利かせて言ってみる。
「それに、そう、それにだ、もう私は鎧を着込んでしまっているのだ、これを一人で脱いで新しい服に着替えるのは大変だ、日が落ちてしまうかもしれん」
「僕が手伝います」
「え?はあ、えーとラムザどのが私の着替えを手伝うと…。!?ききっきっ貴公はなっ何をいっているのだ!てってっ手伝うとは何をだ」
アグリアスは真っ赤になりながら腰の剣に手を伸ばす。ラムザは急いで真面目な顔をしてアグリアスの柄をにぎる手に自分の手を添えた。
「いいですかアグリアスさん、落ち着いて、自分の胸に手を当てて考えてください」
そういってアグリアスの手を胸まで持っていく
「何故アリシアさんがアグリアスさんにこのことを伝えなかったか解りますか」
(まあこの人にあの服を来てくださいと言うのは度胸がいるだろうなあ、…その服を押し付けるあたり逆に度胸があるといえるけど)
急に真面目な顔を近づけられたアグリアスは呆けたように答えた。
「いや…あの娘はしっかりしてない所があるから…」
「もちろんアグリアスさんの勘気を避けたかったというのもあるでしょう、でもあなたも先ほどいいました。『己に架せられた責務を果たす』。
この事に疑いを抱く騎士はいないと思います、ましてや聖騎士なら」
「いや、もちろん役目は果たす、果たすが…」
「僕達には物資が少なく時間もありません。そして僕達がとれる選択はほかには二つしかありません。つまりもうだれも行かないか、もしくは…もしくは僕が一人で行くかです」
「それはだめだ!」
淡々としゃべるラムザの声に慌てたアグリアスの声が重なった。
「なんども言っているだろう、貴公はもっと自分の安全に気を配るべきだ」
長い沈黙のあとアグリアスがため息をついた
「…わかった、行こう、別にドレスを着ようというわけでもなし、素朴な村娘の格好をするのに何の気後れもない。…突然貴公から言われたので少し慌ててしまったようだ」
「村娘…ええそうですね…ええまあ」
「?」いぶかしげな目を向けたアグリアスにラムザは一瞬目をそらしかけたが逆にアグリアスの目を見据えて微笑んだため、アグリアスの方が目をそらしてしまった。
ようやく落ち着いてきた胸が再び高鳴るのを聞いたアグリアスはさらに墓穴を掘るような話を振ってしまう。
「そ、それとさっきの発言なのだが、そっそのてってつだうとは」
「ああ、いやだな安心してください」
「そ、そうか…当たり前だな、」
ほっとしたのもつかの間
「最後までいるわけないじゃありませんか」
「!?!」
「それじゃあ僕は服を取ってきますのでアグリアスさんは自分の天幕にもどっていてください」
そう言い残すとラムザはささっと奥のほうにあるテントの方に走っていった。
アグリアスはその場にしばらく固まったあとつぶやいた。
「…ちっ違うそうゆうもんだいではない、だんじてない!」
アグリアスは我に返ると急いで自分のテントに戻り、なんとかラムザがくる前におわらせてしまおうと猛然と着替えにとりかかり始めた。
が、あせっている為か着なれているプレートの留め具の場所すら探し当てれない。
それならと先にブーツの方にとりかかったのだが、下手な解き方をしたため気づくと片結びの形で堅く結ばれてしまっている、あとまわしにして次のブーツにとりかかるがやはり同じ事をしてしまう、癇癪をおこしかけたところで自分がまだグローブもとっていなかったことにきがついた。
そんな事をして、なにも進まぬうちに結構な時間がたっていった。
「あの、アグリアスさん?」
突然テントの外からかけられた声に思わず頭を抱えるアグリアス。
「な、なんだラムザ」
「服をもってきました、ここに置いときますのでとりにきてください」
「え、そ、それだけか」
「そうですよ?…まさかさっきのこと本気にされたんですか?すっすいません、くだらないことを言ってしまって」
ラムザの申し訳なさそうな声を聞いてアグリアスはほっと胸をなでおろした。
そうするとさっきまでの己の狼狽振りがとたんに滑稽なものに思えてきてアグリアスは思わず笑ってしまった
「いや、信じたわけではない、ふふ、だがまあ手伝っていただければ楽が出来るかと思っただけだ」
ラムザも笑い声で答える
「それは残念ですね、お手伝いできれば良かったんですが、『でも、まさか、まだ何の着替えもしていない』というわけではないでしょう?」
「うっ…………」
「うっ、ってアグリアスさん、まさか本当に?…失礼、入りますよ」
「ちょっ、ちょっとまて」
アグリアスが制止の声を上げる前にテントの中に体をすべりこませたラムザは先ほどからグローブをはずしただけのアグリアスを見て呆れた表情を浮かべた。
「い、いや違うのだラムザこれはな…」
「先程から半刻ほどたちますが何をしてたんですか、」
ラムザの口から出る言葉は詰問だがその口調も表情はあくまで優しい。
「い、いやその…」
「もうそろそろこちらを出ないと今日中に街には入れなくなってしまうんです」
「わ、わかっている!」
「僕と行きたくないのならこんな遠まわしにしなくても一言言ってください」
「ちっ違う!そんなことはない!ただ手間取ってしまっただけだ!だいたい貴公が手伝うなどと言ったりするからだな、その、私が…、その…」
沈黙を受けてラムザは軽いため息をついた。
「そうなんですか…、すいません、僕のせいです。まさか本気にされるとは思わなくて」
そういって頭を下げようとするラムザをアグリアスは慌てて押しとどめた。
「あ、いや、私が世間知らずなだけで貴公に責は…」
「いえ、わかりました、責任をもって手伝いますからさっさと着替えてしまいましょう」
「……え?」
そう言うとラムザはアグリアスが呆然としている間に小机や椅子を動かしてきぱきと用意を整えてしまった。
「さっ、アグリアスさん。ここに座ってください」
「い、いや、すこしまってくれ」
満面の笑みで椅子を指し示すラムザを見てアグリアスは思わずあとずさりテントを支える柱によっかかった。
「いや、しかし、その…」
その様子を見て取ったラムザは今度は愁いを帯びた表情で訥々としゃべりはじめた。
「なんだかいつものアグリアスさんらしくないですね…、やっぱり僕のせいなのかな…いつも信じてくださるからと思って調子に乗っていたんですね。…アグリアスさんに不快な思いをさせるなんて…」
「そっそういうわけではない!ただ…困っているだけだ、その…そう、仮にも己が剣をあずけている相手に小間使いのような事をさせる行為は騎士として不徳の極みだ!そう思うだろう?ラムザ」
「任務の放棄というのも騎士としてどうなんでしょう…」
「ぐっ」
「それにいまさら僕らの間に上下なんてありませんよ」
「いや、その気持ちは嬉しいが…」
「他に何か問題が?」
「いや、無い…手伝って…いただこう」
―――――そして少しの時が過ぎた――――
ラムザはアグリアスの後ろにたつと脇の方に何度目かの手を伸ばした。
「よっ、…このプレート留め具がわかりにくいですね」
「あっああ、もう少し…その、上のほう、んっ」
「これですか?」
ラムザの指がプレートと服の間に滑り込み留め具を探し当てる。
「そそそっそうだ」
アグリアスは真っ赤になりながら手が震えるのを我慢する。
「あの…もう少し腕を上げてもらえますか」
「すっすまん」
「よっとこれで持ち上げて…」
「ララ、ラムザ。みっ右手が、あああ当たっているのだが」
「すっすいません、えとこれで」
「あぅっ」
「ど、どうしました、はさみましたか?」
「いっいや、その、おどろいただけだ、べっ別に何でもない、なんでもないぞ」
「そうですか…、よっと」
ラムザはプレートを外すと脇の机に置いた。
アグリアスが疲れた顔で机の上を見る、と肩当てから篭手、膝当てまで甲冑のたぐいは大体、外し終わって整然と並べられている。
(や、やっと終わった…)
恥ずかしいやらくすぐったいやらあれやらで、凄まじく体力と気力を消耗したアグリアスだったが、今、ようやく最大の難関を越えたと感じていた。
つと、ラムザがまたアグリアスの後ろにたった
「じゃあ次ぎは、ばんざいしてもらえますか」
「?、こうか?」
「はい、じゃあ服を持ち上げますんでじっとしててください」
そう言ってラムザはアグリアスの腰に手を伸ばした。
「……ちょちょちょちょっとまて!」
「なんです?」
「い、いくらなんでもそれはいい!そそれは自分で出来る!」
「そうですか?でもどうせなら最後まで…」
「いいいや、いい、その御苦労だった、いやちがう、お手数をおかけした。そしてその必要性が有るのも認める、そうだ。しかし、しかしだ、仮にも男女がだ、未婚のだぞ、聖騎士でもある」
支離滅裂な言動をするアグリアスをしりめにラムザは椅子を彼女の前まで動かすと静かに声をかけた。
「あの、足、あげてもらえますか?」
「なっなななな!何を言っているのだ貴公は!きっ気でもふれたか!いったいなにをどこまでどうするつもりだ!」
アグリアスは真っ赤になりながら立ち上がると手を腰にのばす。
三回ほど手が空を切ったところで卓上に剣があることに気がつき慌てて手を伸ばしたところでラムザがやんわりと声をかけた。
「あの、腰の紐もほどいたので後お手伝いできそうな場所はブーツだけなんですが…」
「え、…あ…そ…」
アグリアスはガックリ肩を落とした。ついでに落しそうになった剣をなんとか机の上に置くと頭を抱えてうめきはじめた。
「あの、アグリアスさん?だいじょうぶですか?」
ラムザがさすがに少し心配になって声をかけるとアグリアスはまだ真っ赤に染まった頬のまま顔を上げた。目が心なしか潤んでいる。
「ラムザ…つかぬことを聞くが、貴公は私をからかってもてあそんでいないか?」
「まさか」
ラムザは臆面も無く即答する。
「何故僕にそんな事をする必要性が?僕は今回の行動に必要だと思った行為しかおこなってい無いと思いますが」
「そう…そうか、すまない。らちも無い事を言ってしまった」
「いえ、いいんですよ。『時間さえ』あればこんなことにもならずにすんだんですから」
「あう…、…アリシアはなんでわたしにきちんと…」
「それでは足を上げてもらえますか」
「ああ…」足を椅子の上にとんと載せる
「えと、そのまま僕の膝の上に乗っけてください」
「え、な、なぜ?」
「僕が紐をほどきやすいからです」
「…わかった」
「ええ、ありがとうございます」
そう言うとラムザはたのしげに靴紐にとりかかった。
まあたしかに自分の前にひざまずかれるのも困ったものがあるしな、などと思い納得したのだが、すぐに後悔した。
「…ラムザ、わざわざぬがしてくれなくていいから…」
「それじゃあ、後はちゃんと着替えてくださいね」
「ああ、わかっている、言わずもがなのことをいうな」
ラムザはうなずくと入り口を抜ける、と、立ち止まってふりかえるとアグリアスに向かいかしこまって、微笑んだ。
『御用がございましたら御遠慮無くすぐさまお呼びください』
「ないっ、用はないっ、大丈夫だっ!」
ラムザはくすくす笑いながら身を翻してテントをでていった。
「早く着替えないと…次は何を言いだすか…」ラムザが出ていったのを確かめるとアグリアスは呟きながら急いで着替えの入っている袋に手を伸ばした。
テントの外ではラムザが近くにある木の根に腰掛けていた。
空を仰ぎながら上機嫌にくつろいでいる、ようにみえる。
しかし頭の中ではこれから聞こえてくるであろうアグリアスの怒声にたいし、どう対処したものか考えあぐねていた。
(うーん、「任務です」っていえば、それですむような気もするけど。きちんと納得してくれるかな、してくれないだろうな、他の服を要求されたりして…。!、まさか僕と服を取り替えるなんて言い出したりしないだろうな…)
「あの、ラムザ…」
(アグリアスさんが男装で僕が女装…似合わないでもなさそうなところが我ながら恐ろしいな)
「ラムザ、聞こえないのか」
「な、なんです?」
見るとアグリアスがテントの入り口から顔と手だけを出してこちらを呼んでいる。
怒声を待ち構えていたラムザはおもわず拍子抜けしてしまった。
「どうしました?何か問題が?」白々しいと内心思いながらも問いかける。
「いやっもう着替えは終わったぞ!それは関係ない!」
どうもまだ先ほどの記憶が生々しいらしいアグリアスは慌てて答える。
「じゃあもう出発できるのでしょうか」
ラムザはアグリアスがもう着替え終えていた事に、多少意表を突かれながらも冷静に話の先を促した。
「え、…いや、そのことで、ちょっとこっちまで来てもらいたいのだが…」
「わかりました」
ラムザが歩いて近づくとアグリアスは出していた手を引っ込めて顔だけをだしたまま、テントの入り口を硬くぎゅっと握り閉めた。
その様子を見、本当に着替えているのを見て取ったラムザは後はどうやってテントから連れ出したものかと考えた。
「どうしました?どんな服か見せていただけないんですか?」
「その、この服の事なんだが…」
アグリアスは身をかがめているのか、ラムザより頭一つ分は下からおずおずと話し始める。
「あの、だな、この服…何と言うか、その、足が出ているんだが」
「足が出ていないと歩く事も出来ませんが」
「いや、そうではなくて、つまり、出過ぎているのだが」
「えと、それはどうゆうことでしょう?」
そう言って入り口の布に手をかけると中を覗き込もうとした。
アグリアスは顔を真っ赤にさせると器用に入り口を押さえながらあとずさった。
「まままままて、こっこれは人に見せていいものなのか?」
「それは…服なんですから人前に出てもかまわないようなものだと思うのですが」
「しっしかしだな、腕なども肩からむきだしで、何も隠すようなものが無いのだが」
「え、そこら辺に輪っかが三つ重なった、樽に剣がつき刺さったようなレリーフのある腕輪が有りませんか?」
アグリアスは首を引っ込めるとやはり器用に入り口をしっかりつかみながらガサゴソと何かを探し始めた。
「ああ、あるが」
「それはとても大事な物なので必ずしといてください」
「い、いやアクセサリーひとつあっても…大事とは?」
「それがないとモグリのしょう…その、もぐりこむ時の身分証明のような物です」
「そうか…しかしほんとに服はこれだけなのか?」
「見ない事にはどんな格好をしているのかはわかりませんが」
そう言ってまた中を覗き込む。
「まっまてっ、まだ見てはいかんっ…大体これはどちらかと言うと裸に近いのではないのか…」
ラムザはそんな大袈裟なと思わないでもないが、彼女にとってはそんな風にしか思えないらしい。
「おなかもそのまま出ているし…」
「あ、そうだ、アグリアスさんショールははおっていますか?」
「ショールがあるのか?」
アグリアスは一瞬嬉しそうな声を上げる。
「…ああ、これか、…これはまた、意味があるのかないのか分からないぐらい薄いな」
「ええまあ魅せる為のものですから」
「…見せるとはなにをだ」
「…」
アグリアスは(やっぱり器用に)入り口を押さえたまま怪訝そうにラムザにせまった。
「先ほどからきになっていたのだが、この姿は明らかに村落に住む人間から浮いていないか?」
「ですから僕はまだ見ていないので何とも言えないのですが」
さすがに今度はアグリアスも顔色を変えずに(あとずさりはしたが)ラムザを問い詰める
「ラムザ、私がしようとしている変装はいったいなんなのだ?それは知っているのだろう?」
―――――「道で芸を売る人です」―――――
ラムザはまさにいけしゃあしゃあと言う表現にふさわしく真面目な顔で即答する。
「大道芸人か?」
「そんなものです」(売るのは芸だけではないですが)
「広場でおどったり歌ったりするあれか?」
「ええ」(路上でではないですが)
「そうか、あれか……あれに見えなければならんのだな」
「あれに見えるのにこした事はありませんね」(そんな奴がいたらお目にかかりたいが)
「では恥ずかしがってるだけのわけにもいかんのだな」
アグリアスは長くためらったあと決意を込めてラムザを仰ぐと硬く握り締めていた手を入り口から放した。
「…わかったラムザ…中に入ってくれ。その、自分ではこういう服は…ちゃんと着こなせているかわからん…」
「じゃあ、はいりますよ」
そう言ってラムザがテントの入り口に手をかけると布の上からアグリアスの手に―ほんの少しだけ―触れた。
だがそれだけで普段着慣れぬ格好をしているアグリアスは心拍数を跳ね上げる。
動転しそうになるのを自覚したアグリアスは慌ててラムザが入ろうとするのを止めた。
「ああっ、ちょちょちょちょっとだけ待て」
そういうとアグリアスはテントの中に戻り机の上においてあった自分の剣をつかむと鞘を抜き払い、自分の前に掲げた。
「おちつけ…あせることはない、いつもどうりにやればいい…そう、これは使命だ。果さねばばならぬ事なのだ」
だが一度乱れた心は無理ににおさえつけようとしてもなかなか収まらない。
(落ち着け…アグリアス…こんなときは、そう、たしか…初陣の時に『余計な事を考える暇があったら士官学校でのくだらない講義でも思い返していろ』と…そういえば妙に退屈と眠気を誘う講義をする教官がいたな…だれだったか…確か…)
考えているうちに落ち着いてきたアグリアスは自分の姿をみ、そして再び剣に視線をもどすと満足げにうなずいた。
「よし!いいぞ、ラムザ」
ラムザはテントの外で入り口に手をかけたまま中の様子を伺っていたがアグリアスの落ち着き気合いのこもった声を聞きなんともなしに事情を察した。
「さすがアグリアスさん、と言うべきなのかな」
呟きながらラムザがテントの中に入ると、アグリアスは腰に手をやりながら慎重にラムザの前まで歩いてきた。一応その姿は落ち着いているように見える。
「どうだ、ラムザ、おかしなところはないか」
ラムザはじっと動かないまま何も言わずアグリアスを見つめた。
アグリアスがだんだんと焦れかけてきた頃、ラムザがぽつりといった。
「あの、後ろを向いてもらってもいいですか」
「う、うむ」
アグリアスはくるりと背を向ける
また長い沈黙、、今度はラムザが見えない分、ラムザがどんな表情をしているか?いったいどこを見ているのか?そんな事が気になってアグリアスは再び心が乱れはじめた。おもわずもう一度声を上げそうになったとき、ラムザが嬉しそうに答えた。
「よくお似合いですよ」
「そ、そうか、芸人に見えるか」
ラムザは一瞬の間を置いてにこやかに満面の笑みでこたえた。
「ええ」
「そ、そうかよかった」
アグリアスはつられてにこやかに微笑んでしまった。と、そこでやはりというべきかラムザが水をさす。
「あ、でも」
「な、なんだ」
「まだ足りないものがあるんです」
「足りないもの?なんだそれは」
ラムザはあたりを見回すと申しわけなさそうに訊ねた。
「鏡をもっていますか?」
「鏡?鏡が必要なのか?芸にか?」
「いえ、違います、そもそもアグリアスさんに芸をされたら僕が困ります」
微妙に真剣な表情で否定するラムザに違和感を感じながら、あたりを見回した。
「まあ、それもそうか。手鏡ならたしかあるはずなんだが…」
アグリアスは自分とアリシア、ラヴィアンの荷物がごちゃまぜに置かれているところに目を留めると諦めたようにいった。
「すまんがラムザ、アリシアがいないとクシ一つどこにあるか分からん」
「え、クシもないんですか」
「櫛もいるのか?すまないラムザ、こういう事があるからあの娘達には日頃からきちんとかたづけをするようにきつく言ってあるのだが…」
どうやらアグリアスも日常生活では指導性を発揮しきれてないらしい。
「まあ無いなら無いで、仕方ないですよ」
「仕方ないではすまん、こういう事がきちんとできないから、申し送りの一つも満足に出来ないなんてことになるのだ」
やはり(当たり前だが)アグリアスは根にもっているらしい。
「軍ではないからと甘やかしたのがよくなかったかもしれん、これからは…」
アグリアスが怒気もあらわに指導方法を考えていると、横からラムザが冷静に声をかけた。
「でもアグリアスさんが場所を知らないというのもどうかと…」
「しっ仕方が無いだろう!ここにいる以上、私だって自分の事は自分でする心積もりだ!しかしだな、あの娘らが毎朝、強引に、その、身の回りの世話を……すまん」
アグリアスは居場所がなさげに身をよじった。
「いえ、いいですよ。代わりに僕がやればいいだけなんですから」
「!、…なにおかわりにやると?…」硬直するアグリアス。
「花を頭に飾りつけるんです」ラムザが先ほど用意していた花を出しつつ答えた。
「そ、そうか。しかし何故頭に花を?」
ラムザが嬉しそうに抱えている花を見ながらアグリアスが不安そうに訪ねる。
「それで芸の値段が決まるんです」
「ふーん、そういう物なのか」
「そういう物なんです」
「ちなみにいくらだ」
「だいたい400ギルだと思いますけど」
「ふーむ、高いのかやすいのか分からないな」
アグリアスは考え込むがそもそも任務以外で一人きり、街を歩くなんて事をした事がないので街にそういう輩がいるのは知っててもほとんど興味をはらった事が無い。だから見物人が投げるおひねりを集めて稼ぎにするかれらにあるはずの無い値段の設定が、どうして自分にあるのかと言う矛盾にもきづかない。
「まあ妥当だとは思うんですが」
ラムザも『これ』の相場をそれほど詳しく知っているわけではないが路上で売るにしてはかなり高めのはずだ。
「じゃあアグリアスさん、またあの椅子に座ってください」
「わかった」
アグリアスが座るとラムザはおもむろに手を髪の中に入れ、髪をほどきはじめた。
「ラッラムザ?!何故髪を梳くんだ?」
アグリアスは慌ててふりかえる。
「大丈夫です、少し髪形を整えるだけですよ」
「そ、それなら自分でやる」
「くしゃくしゃになっちゃいますよ?」
「馬、馬鹿にするな、私だってそれぐらいのこといつも…」
「アリシアとラヴィアンさん達にやっていてもらったんでしょう?」
「私が頼んだわけではない!だいいちなぜ…」
ラムザはアグリアスに最後までいわせず、むきだしの肩を両手でそっと触ると耳元でささやいた。
「心配しないでください、こう見えても僕も昔は髪を伸ばしてたので手入れなんかもうまいんですよ?」
両肩に触れた手の感触と耳元から聞こえてくるラムザの声に頭に血が上るのが分かった。
「わわわわわかった、わかったから、つっ続けてくれっ。あのっ、てっ手早く、手早くな」
アグリアスは慌てて注文をつけくわえる。
「了解しました」
そういうとラムザは改めてアグリアスの後ろに立ちゆっくりと、ほんとうにゆっくりと髪の毛に手を伸ばしはじめた。
つまびらかに、ゆっくりと、なでやかに、まるで一本一本の髪の愛でるようにアグリアスの髪の毛をときほぐし、いくつかの束にまとめてゆく。そしてその手は時に耳を、うなじを、肩を、背中を、そのすべての触れぬか触れるかというところを、愛撫するかのようになでてゆく。
そのたびにアグリアスの体は震えるがラムザは気にした様子も無い。
「ああう…」
アグリアスは真っ赤になりながらもその感触に必死に絶えていた。
ややもするともれそうになる声をラムザに見えぬように指を噛みながら耐えるふと、ラムザのてが再び背中に触れる。
「ぁっ」
アグリアスの口からついに声が漏れ、気づかれたんではないかと青ざめた時、ラムザがのんびりとした声を上げた。
「アグリアスさん、気分はどうですか?」
「…なんともない」
「はい?」
「なんともないといったらなんともないんだ!」
首まで真っ赤にしながらそもそも質問の意味も分からないままに必死になって否定する。
「そ、そうですか、悪くないのならいいんです」
「さっさと続きをしたらどうだ!」
アグリアスは自棄になって、もうどうにでもなれといった心境で叫ぶ。
そこにラムザがやはり気の抜ける声で答える。
「終わりましたよ?」
「え?」
「鏡が無いから確認してもらえないのが残念ですが」
そういってラムザが側から離れる。
アグリアスは全身からどっと力が抜けるのを感じて思わず椅子からずり落ちそうになった。
「終わった…のか、そうか、…た、助かった…」
アグリアスは今までのどんな戦闘が終わった時よりも安堵感を感じていた。
放心状態になってぼうっとしているアグリアスにラムザが小さな金属の板を持って近寄ってきた。
「それは?」
アグリアスが顔を上げるのもおっくうといった感じで問い掛ける。
「紅です」
「頬…紅か?」
「もちろん口紅です」
ラムザは軽く紅をねりながら腰を下ろす。
「口紅を…すればいいのか?」
「ええ、最後の仕上げです」
「そうか…わかった、かしてくれ」
そういってアグリアスが手を伸ばすとラムザは手をすっと引いた。
「慣れても無いのに鏡無しに紅なんてひいたらずれてしまいますよ?」
ラムザがいたずらっぽく笑う。
「いや、それなら別に紅などひかずともいい」
アグリアスもさすがにラムザの露骨な態度に不穏を感じ取り、気分を悪くする。
「そんな、少しくらい僕にも楽しませてください」
「ラムザ!貴公はやはり私をからかって…」
アグリアスが立ち上がって、一喝しようとした時、ラムザがいきなりずいと顔を近づける。
「アグリアスさん」
「な、なんだ?」
真正面、近距離から目を見据え、さらに顔を近づけてくるラムザにアグリアスは目をそらす事も出来ず、硬直する。
「だめです」
ラムザがうるんだような声でぽつりと言う。
「だっだっだ駄目とは駄目とはなにがだ…」
近づいてくるのがラムザの唇だと認識した瞬間、アグリアスの頭の中が真っ白になる。
「だめですよ…」
ラムザの顔がどんどんと近づき、いよいよとなった瞬間アグリアスは目をぎゅっと閉じた。
「だっ、駄目と…」
「じっとしてないと…だめです」
すっと、ラムザの手が頬に触れ、つぎに指がアグリアスの唇に触れる。
指は少しアグリアスの唇を丸く撫ぜると軽く上唇をおした。
「口を…少し開けてください」
アグリアスは何も考える事が出来ぬまま少し唇を上げた。
ラムザの指がゆっくりと唇の上を滑りはじめる。
「は……」
アグリアスがわずかに吐息をもらし、ラムザは指にその熱さを感じ取った。
「おわりましたよ、アグリアスさん」
アグリアスがおずおずと瞼を開き、ラムザの居場所を確認する前に彼女の耳元に息がかかるくらい近くから声がかかった。
「アグリアスさん…街に入ったら、もしかしてだれかが、あなたに芸をお願いしてくるかもしれませんけど…、僕以外の人についてっちゃやですよ?」
もうアグリアスにはただただうなずくことしかできなかった。
仮の厩舎に向かう途中、 アルゴスト山脈を渡る時にさえふらつきもしなかったアグリアスの歩みは今、確かに怪しげになっていた。
ラムザが何度か手を貸そうとしたのだが、その気配を察せられるたびに彼女は小走…いや大股に先にいってしまう。
ラムザは仕方なく数歩後ろをついて歩きながら今後の事を考えていた。
「うーん、とりあえずアグリアスさんには自分が娼婦の格好をしてるって気付かれずにすんだけど、街の中に入ったら大変だろうな…。変な人に付きまとわれないように気をつけないと。さっさと彼女を買ったことにして宿に駆け込むか…、でもまともな宿には泊めてもらえないだろうし、やっぱり連れ込み宿?、…貯金はしたけど、僕の理性、もつかなあ」
考えているうちに立ち止まっていたようだ。アグリアスが振り返ってラムザを呼んだ。
「ラムザ!何をしている、日が暮れてしまうぞ!」
「す、すいません今いきます」
ラムザは慌ててアグリアスの方に駆け寄っていった。
~fin~