【FFT SS】メモリー
その男は突然現れた。
ここ、聖地ミュロンドでは、巡礼者がほとんど毎日訪れる。
見知らぬ人など、珍しくもない。
しかし、彼は巡礼者ではない。巡礼者特有の従順な雰囲気など、全くない。
例えるなら、手負いの狼。身なりはボロボロでも、ギラついた瞳は生気にみなぎっている。
「紹介しよう、我が娘よ。
彼はウィーグラフ=フォルズ…」
「知っています。骸旅団の頭目だった…」
私は過去形をあえて強調した。骸旅団はすでにない。北天騎士団の餌食になったのだ。
何の報酬もないまま軍を追われた彼らが貴族に楯突くのも、分からぬでもない。
しかし、やっていたことはテロリストまがい。
結局は内部分裂の隙を突かれ、満足な抵抗もできぬまま全滅したと聞く。
ウィーグラフが私を見つめる。値踏みするような目だ。神経にさわさわ来る。
「ウィーグラフ。私の娘、メリアドールだ」
「……」
父さんの紹介を無視して、彼は私を見つめ続けた。
不愉快な奴。
第一印象は最悪だった。
ウィーグラフには私室が与えられた。どうやら、父さんは彼を戦力にするつもりらしい。
食事と睡眠を取り、服を替えたウィーグラフは、さすがに立派に見えた。
一軍の長は伊達ではないようだ。
今、部屋には彼と私だけだ。私は彼の世話を任された。
父さんは、ウィーグラフが私を気に入ったと思っているようだ。
私にとっては迷惑この上ない。
「…どうした?不機嫌そうだな」
「そうね。全く、誰のせいかしら!」
私の当てつけは効かなかった。彼はククッと笑うと、あの瞳を向けた。
「どうやら、私は信用されていないようだ。どうすれば信用してくれるかね?」
「あなたも騎士でしょう?方法は一つしかないわ」
「…決闘、か…」
またククッと笑う。
とにかく、私はこの不愉快な男に一撃しなければ気が済まない。
私とて、神殿騎士団の一員。相手が誰であろうと、引けは取らない。
私たちは鍛錬場に移った。幸い、誰もいない。
練習用の剣を取り、ウィーグラフに投げてやる。彼は数回素振りして、剣を置いた。
「どうしたの!?剣を取りなさい!」
「いや、俺はコレでいい」
両腕を広げる。頭がカーッとなった。
素手!騎士同士の決闘で、素手!私は侮辱された!
「あなた…後悔は遅すぎてよ!」
剣を構える。彼は両手を広げたまま。構えすら取らない。どこまでも無礼な奴!
「参るッ!」
一気に距離を詰めて、突く。彼は眉一つ動かさず、楽にかわす。予想通り!
彼の体勢が崩れている隙に、剣筋を横薙ぎに変える。突きはフェイントに過ぎない。
バックステップ。読まれていたか、彼は二の太刀もかわした。
「お嬢ちゃん、人を斬ったことが無いな?」
「何をッ!」
間合いを保ったまま、ラッシュ。その突きは、わずかの差で当たらない。
「貴族のお嬢様の剣は、やはりこんなものかね?」
「まだ言うかッ!少しは打ってきなさいッ!」
「言われなくても」
その言葉も終わらぬ間に。彼は私の懐に飛び込んでいた。
とっさに後ろに跳ぼうとしたが、彼は許さなかった。彼の手が私の肩を捕まえていたのだ。
やられるっ!
「……!」
私は言葉に詰まった。…いや、詰まらされた。彼のくちびるが、私の…!
剣を握る手の力が、すうっと抜ける。
彼の動きは素早かった。私の手から剣をもぎ取り、間髪入れず押し倒す。
気づいた時、喉に剣が突きつけられていた。
「私の勝ちだな」
私にのしかかったまま、ウィーグラフ。
「ひ、卑怯なっ!」
「実戦ではどんな手を使っても、生き残った奴が勝ちなんだ」
のしかかる男の重みは、心にもかかってくる。私の技は、所詮児戯に過ぎぬのか…。
悔しい。悔しいが、別の感情もあった。
「ハッ!ヤッ!」
「くっ!なんのっ!」
私のラッシュに押され、弟のイズルードは徐々に後ずさる。
さばくのが精一杯、という所か。
「あっ!」
さばききれなくなった瞬間を見逃すほど、私は甘くない。
「終わりよ!」
カンっ!
弟の剣がくるくると宙に舞った。
「参ったな…姉さん、また強くなった?」
「そう?ありがとう」
あれから…私はウィーグラフに手ほどきを受けていた。彼に勝つために。
彼に負けた時、私は足元が崩れてゆくのが分かった。
私がしてきたのはルールに縛られた遊びに過ぎなかった。
彼の剣にあって、私の剣にないもの。それは死の匂い。冷酷な血の匂い。
「でも困ったな。姉さんがどんどん強くなっちゃったら…」
「私が強くなったら?」
「僕が姉さんに守られる羽目になる」
私は思わず吹き出してしまった。守るも何も、弟が私を超えたことなど一度も無いのだから。
「僕だってゾディアックブレイブなんだ。強くなって強くなって、守りたいんだ。
教会も、姉さんも、新しい世界も」
弟の顔は真面目そのもの。危ういほどに純粋な瞳をしている。
「そういう生意気は、私に勝ってからになさい」
栗色の頭をくしゃっと撫でてやる。イズルードは、やはり弟なのだ。
ウィーグラフの私室。ここに来るのも日常になっている。
「妹さんがいるの?」
私の言葉に、彼は視線をティーカップに落とした。
「正確には『いた』、だな。北天騎士団の連中にな…」
「…ごめんなさい…」
話の流れで、彼の妹の話になってしまったのだが…。古傷に触ったようだ。
「いや、いいんだ。話してしまった方が楽になる」
テーブルの向かいに座っている彼はティーカップを置いて、目を伏せた。
「メリアより少し年上になるのかな。
私の理想に付き合わせたようなものだな…。悪いことをした…」
「……」
「強くてしなやかで、いい目をしていたよ。君に似て…」
彼の瞳に私が映っていないのが分かった。
不機嫌の精霊が舞い降りる。
「ふぅん…さしずめ私は妹さんの代わり、ってところかしら?」
「それは違うな」
紅茶をぐいと飲み干し、彼は真っ直ぐに私を見た。
「死人の影を生きている者に見出すなど、俺はそんなに愚かじゃない。それに…」
「それに?」
続きを促す。彼はちょっと困ったような顔をしてから、
組んだ両手の上にあごを乗せて言った。
「ミルウーダを抱きたいと思ったことは無いが、君を抱きたいとは思う」
素直な男。私はゆっくりと紅茶を一口飲んだ。舌はあまり働かなかった。
「ファーストキスを奪っておいて、よく言えたものね」
「初めてだったのか?そうか…すまなかった」
腕を組んで、椅子に深く座り込むウィーグラフ。私は急に嬉しくなった。
不機嫌の精霊は遠くに飛び去ってしまった。
「いいのよ。セカンドもサードも、あなたにあげるから」
「フ…大人だな、君は」
その夜。私は、女を知った。
二人で過ごす、幾度目かの夜。ぐったりとシーツにくるまる私を残して、
ウィーグラフは身支度を始めた。
「もう、行くの…?」
「ああ。オーボンヌだ。『あれ』があるらしいのでな…」
大体の話は聞いている。イズルードも一緒らしい。
武勲を立てさせようと、父さんが計らったのだろう。
「所詮修道院、大したことはあるまいさ」
「うん…ねぇ。帰ったら、勝負してね…次は勝つわ」
「ベッドの上じゃ、お前の負けなしさ」
「ばか」
剣を吊るし、マントを羽織る。雄々しい騎士の出来上がりだ。
「すぐ戻るよ」
「うん、待ってる…」
軽く唇を合わせる。
それが、最後の口付けになった。
「眠れないの?」
「ううん…昔を思い出してただけよ」
そう、と言って、隣に寝ている男は寝返りを打つ。
金髪のクセ毛の向こうの窓に、月が見える。綺麗だけど、どこか冷たい。
かつて愛した男を殺めた男を、今、私は愛している。
ウィーグラフ、あなたは怒るかしら…?でも、これだけは確か。
私は二人の男を愛している。一人は死んで、一人は生きている。
だからウィーグラフ、拗ねないでね。
あなたへの愛は、ずっと現在進行形だから…
~fin~