FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】TANABATA MOON

 

   

    木が風にゆっくりと騒ぐ。

 草の匂いが夜の闇に溶け込む。

 雨に濡れたざわめきの音。

 青い空に負けじと白さを増す雲。

 そして、闇に銀河がくっきりと浮かぶようになったなら。

 それは、またひとつ年が巡った小さなあかし。

 

 

 

 

 風もなければ、月もない、星ばかりの夜だった。

「さて、今日は何を話してくれるのかしら」

 久方ぶりの雨が空を潤したのか、今夜の闇はどこまでも深かった。その闇を懸命に見上げ、未だ幼い手で手元の図と頭上の星並びを確認している我が子に声をかけると、バルマウフラは並んで空を見上げた。

 街の光も、城の光もここには届かない。森の中に佇む一軒家がか細く灯していたあかりも、ここにはない。

 あるのは、空に満天の星。音をも奏でそうなくらいに小さな星達が寄り添い、輝きあっている。

 隣を盗み見るように見やり、バルマウフラは小さく笑った。誰に似たのか――少なくとも自分ではない――、子は広げた星図の他にもあかりや望遠鏡、一抱えもある大きな書を手にし、奮戦中だった。ともすればずり落ちてしまいそうになる本やあかりに、バルマウフラの笑みは深くなる。

 本当に、こんなところはよく似ていて。

「んー……少し、待ってね」

 こちらを見やりもせずに、子は空を追いかける。そんなところもやっぱりよく似ていて。

「はいはい。……本、持とうか」

「うん」

 母親のありがたい申し出にようやく自分の現状に気付いたのか、素直に子供は頷いた。

「もうほとんど終わるけど、本だけお願い」

「了解」

 今度こそずり落ちた書をすんでのところでバルマウフラは受け止めた。そうして今一歩息子の傍に歩み寄って絞られたあかりに書を照らし、そっとその表に手を滑らせた。

 もう何度も何度も読んだ本。読んでと幾度も子にせがまれ、今では子が自ら読み進めていっている本。それは、ところどころが擦り切れ、めくる紙の手触りも手に吸い付くように優しい。暗がりでは分からないが、表紙の色はもう大分褪せている。

 最後の冬に彼が書いた本。すべてが終わったその後に、自らの知識を封じ込めるように、託すように書いた本。

 彫りこまれるようにして綴られた表紙の名前をひとつひとつ辿る。まだそんなに時は経っていないように思えるのに、もうとても懐かしい名前。

 彼がこの書を書いていたときのことを思い出すと、バルマウフラには笑顔しか思い出せなかった。もう一冊の「書」の編纂時には時に浮かばせていた苦悩や絶望、焦燥や喪失感――そういったものはこの「贈り物」を書いているときにはなく。

 あんまりにも楽しそうに書いていたから一度聞いたことがある。聞くまでもないと思いながら訊ねてみると、予想通りの答が来て思わず笑ってしまったが。

 本を胸に抱きしめ、バルマウフラは我が子の視線を追った。星の音さえ聞こえそうな空の海を、既視感のそれでそうして泳ぐ。多すぎて、星結びさえ難しそうな、夏の海を。

「よし、と……。今日はね、琴の星と鷲の星を見ていたよ」

 やがて、観測も終えたのか少年が振り返る。手招きされ、いつのまにか数歩ほど離れていたことに気が付いたバルマウフラは、ゆっくりと歩を寄せた。

「どれ?」

「あれ、父上は教えなかったのかな。有名な伝説もあるのに」

「……色々聞きすぎてどれがどれか分からないのよ。あらためて教えて頂戴?」

 伺うように促すと少年は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔で頷いた。仕方ないなあ、と誰に話すでもなく呟き、琴の星と鷲の星とをそうして指差す。

 銀河を挟んで煌くふたつの星。

 ――ああ。

 少しばかり場所が違う気もするが、確かに見覚えがある。バルマウフラは小さく頷き、解いた髪を揺すった。

 異国の伝説だよ、と寝転びながら彼は笑って星を指差した。そうやって結構な数の話を聞いた。

 遠い国の話だよ、と慈しむように少年は空を見上げる。そうやってこれからも結構な数の話を聞いていくのだろう。

 そうして、この腕の中の本は。

 笑顔で綴られたこの本は、受け継がれていく。

 

「好き、だからね」

 見上げた空の向こう、星の声に混じって懐かしい声が聞こえたような気がした。

 

 

~fin~

 

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