FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】アグリアス・オークスの夜

 

アグリアス・オークスはとても緊張していた。人を待っていたのだ。

ただ待つ、ということがこれほどの緊張を強いるものだと、アグリアスは知らなかった。叙任式で国王陛下の来臨を待っていたときだって、気分が引き締まりこそすれ、こんな、どうしたらいいかわからない、浮き立つような不安さはなかった。「彼」と出会って、初めてそうした気持ちを知ったのだが、とりわけ今夜のそれはあらゆる意味で、桁が違っていた。

 

 

不安げにガウンの前をととのえる。この日のためにと、ラヴィアンとアリシアが選んでくれた、とっておきのナイトガウン。

体の線が出すぎはしないか、と、アグリアスは思うのだが、

「それでいいんです」

と言われれば返す言葉もない。

ガウンの下には、今度はレーゼがわざわざ鴎国から駆けつけて置いていった、白のレースの下着類。普段、質実剛健な木綿の下着しか身につけないアグリアスはずいぶんと戸惑い、

「人に見せるわけでもないのに、こんな美々しいものを」

「何言ってるの、見せるに決まってるでしょう!」

「……」

ガーターベルトなど着けたのは、成人祝いで舞踏会に出たとき以来だ。

ほかにも、頬と胸元にさしたほのかな紅はメリアドールから。髪に香を焚きしめるやり方と、その香をラファから。とびきりのワインをアルマから。窓辺の花は全員から。

なんだかもう、まわり中からがっちりと祝福されてしまって、祝われてるんだかからかわれてるんだかわからなくなって、そんなことを考えていたら全身がくすぐったいようになって、たまらなくなってアグリアスが立ち上がった時、

 

遠慮がちなノックの音とともに、ドアが開いた。

 

「遅くなってすみません。後始末にちょっと、時間をとられちゃって」

「あ……っ、…ああ」

とたんに硬直する。息がつまる。言うべき言葉を千通りもアドバイスされ、自分でも何度も考えたというのに、そんなものはきれいに吹き飛んでしまって、ただ目の前の彼――ラムザしか目に入らなくなる。

オルランドゥ伯がね、結構ハメを外しちゃって……普段は相当自制してたんですね、あれは」

何気ないようにそんなことを言いながら入ってくる仕草の中にも、どこか上の空のぎごちなさがある。彼もまた、緊張しているのだ。そう知って、アグリアスの心が少し落ち着く。

「少し、呑まないか?アルマから貰ったのだ」

サイドテーブルの瓶を取り上げると、少しほっとしたようにラムザも杯をとった。

深紅の液体を互いに注ぎ、軽く打ち合わせて、杯を傾ける。甘い香りが鼻孔を満たすと、ようやく人心地がついたような気がした。

「おいしいですね、これ」

「“クルールス”だな。軽いから、呑みやすいだろう?」

他愛のない会話。戦いを前に互いを牽制しあっているような、妙な緊張感が漂う。

 

「……その」

少し長い沈黙を破ったのは、アグリアスだった。

「い、言いたい、ことがある」

ラムザが少し眉を上げる。「本当に私でいいのかとか、そういうことならもう何度も」

「違うっ」慌てて否定するアグリアス。「いくら私でも、そう何度も同じことは訊かない。そうじゃなくてだな……その」

こほ、と一つ咳払い。ラムザの呼吸音が聞こえない。息を詰めて、次の言葉を待っているのだと気づく。もう一つ咳払いをして、

「……私を選んでくれて、嬉しい。ありがとう、ラムザ」

 

言ったら、すっと楽になった気がした。どうしても伝えたかったことが二つ、そのひとつ。ラムザの手が、アグリアスの手に重ねられる。もう一方の手をそっとその上に重ねて、ラムザの思いのほか大きな手を包み込む。

「お礼を言うようなことじゃないでしょう?」

ちょっとぶっきらぼうに、そんなことを言って。ほんの少しの間のあと、ラムザは身を乗り出し、アグリアスと唇を重ねた。不意のことに驚き、アグリアスは一瞬だけ目を見張ったが、すぐにゆったりと瞼を閉じ、ラムザに唇をゆだねる。

短い時間のあと、二つの唇は離れた。物足りない、と二人とも思っていたが、今はそれでいいのだ、ということもわかっていた。

名残惜しさに引っ張られるように、同じ言葉が、二つの唇からこぼれた。どうしても伝えたかったこと、もうひとつ。

 

『愛しています……』

 

そこまでは、同じだったが。

「…アグリアスさん」

「…ラム……」

互いに、相手の名を呼びかけたところで、アグリアスはラムザが笑みを浮かべているのに気がついた。滅多に見ない、意味ありげな笑み。何を予期しているのか理解して、もとから赤かった顔が一層熱くなる。

だが、断るわけにはいかない。それはある意味当然のことだし、それに何より、この上なく幸せなことでもあるのだ。

その名を呼ぶ。アグリアスだけに許された、彼を呼ぶ名を口にする。

「…………あ、あなた」

ラムザは真っ赤になって、でもとても嬉しそうに破顔した。アグリアスもやはり真っ赤になって、でもとても嬉しかった。

 

ラムザの手が、そっとガウンの肩にかけられた。アグリアスは力を抜いて、ラムザのするがままに任せる。現れた、清楚な下着に包まれたアグリアスの裸身を見て、ラムザが息を呑む気配が聞こえた。

 

今夜、アグリアス・オークスはいなくなる。

今夜、私はラムザの妻になる。

アグリアス・ルグリアとなる……

 

泣き出したいくらいに幸せなアグリアスの唇を、ラムザが再び、そっと唇で包んだ。

 

 

 

 

 

「……ところで、ラムザ、その……」

「はい?」

「私は、だな、あの……こ、こういうことは、初めてで……」

ラムザは少し申し訳なさそうに微笑んで、「できるだけ、痛くないようにします。でもやっぱり、少しは……」

「……」

「アグリアスさん?」

なぜかじっとラムザを睨んでいるアグリアス。不審げに首をかしげるラムザに、

「……お前は、どうして初めてじゃないのだ」

「え」

貴族の女子は結婚まで処女を守るが、男子は成人と同時に閨事の手ほどきを受けるのが普通である。だから結婚に際し、女性は未経験でも男性は経験済みなのが当たり前で、少しも不思議なことではない。

が、それは普通の貴族の場合である。ラムザは成人前、士官学校から前線に出され、そのまま獅子戦争に身を投じた。手ほどきなど、受けたはずがないのだ。

「……」アグリアスの質問の意味を理解して、ラムザが青ざめる。

「……」

「あの……ですね。傭兵だった頃に……その、ガフガリオンに色々。教わって、その時に、その……娼館とかにも……」

「何回だ」

「え?」

「何人と、その……したのだ」

「ええと……」ラムザは脂汗を流しながら必死で考える。「……7回、くらい……かな」

「………」

アグリアスは黙って睨んでいる。もうちょっと少なく言っとけばよかったかな。でも、初めての夜に嘘なんかつきたくないし……

蛇に睨まれたカエルのようになって考え込むラムザの首に、ふいに重みがかかった。アグリアスが腕を回して、ぎゅっと抱きしめたのだ。

「…これからは、私だけだな?」

すねたような顔で、そんなことを言う。

その表情があまりに可愛くて、ラムザは不謹慎にも笑い出したくなった。その顔が崩れかけるのを見て、アグリアスは一層怒ったような表情で、

「約束するなっ!?」

「もちろんです」どうにか笑顔を堪え、真顔を作ってラムザは言った。「これからは一生、アグリアスさんだけです」

「……」

ぷい、とそっぽを向いてしまうアグリアス。真っ赤になったその頬へラムザがそっと口づけると、まだ少し怒った顔のまま、アグリアスは甘えるように、夫の胸へ顔をうずめた。

 

 

アグリアス・オークスの物語はこれで終わる。

ここより先は、アグリアス・ルグリアの物語である。

 

その後ーーーー

 

ちょっとだけ先のお話

 

 

く―――……

す―――……

 

規則正しい寝息にあわせて揺れる亜麻色のくせっ毛が、カーテンの隙間から射し入る朝陽を反射してチカ、チカときらめく。

とにかくこの一房――ムスタディオは失礼かつ的確にも「アホ毛」と名付けた――だけは小さい頃から何としても落ち着いてくれないそうで、気恥ずかしげに髪を撫でつけながら語ったラムザの顔を思い出してアグリアスは少し笑った。

 

(子供のような顔をして……)

 

体の芯に残る、熱と痺れがジン……とうずいて、思わず赤面する。ガフガリオンに、一体何を仕込まれたものか。戦場での彼を知っているアグリアスさえ驚くほどに、昨夜のラムザは雄々しく、力強く、優しく、そしていやらしく……要するに、「男」だった。

頬の下に横たわる、二の腕があたたかい。腕枕をし、アグリアスの身体を包み込むようにしながらも、寝息がくすぐったくないように、顔を逸らして上を向いて眠っている。昨夜あれだけ自分を翻弄しておきながら、そんな細やかな気遣いなどして、あどけない顔で呑気に寝こけているこの男が急に憎らしくなって、アグリアスは成人男子とは思えないやーらかいほっぺたを指でちょん、とつついてみた。

「ん…………ん」

声ともつかないつぶやきが、半開きの唇から漏れ出てくる。

もともと朝に弱いラムザである。まして深夜まで色々とやっていたものだから、いいかげん陽も昇ったこの時刻になってもいっこうに目覚める気配がない。

一方アグリアスはといえば、日の出と共に起き出す謹厳な聖騎士の日課が骨の髄まで染みこんでおり、すでに目も頭も冴えきっている。本当ならとっくに起き出して、朝稽古で一汗かいたあと読書でもしている頃合いである。

 

が、今朝はなぜか、起き出す気がしない。

ラムザの腕に抱かれ、ラムザのぬくもりに包まれ、ラムザの一番近くにいる、この時間をもっともっと味わっていたい。

(自堕落な……)

と、思いはするけれど。妻となって初めての朝くらい、多少自分を甘やかしたって許されるというものではないか。

すぐ目の前にある、ラムザの寝顔。緊張のほどけきった、無防備そのものといったこの顔を、これからはいつでも、いくらでも近くで見ることができるのだ。

澄んだ冬の日差しに照らされた大きなベッドの中、アグリアスはちょん、ちょんと幸せそうに、いつまでもラムザのほっぺたをつついていた。

 

 

~fin~

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