FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】彼女が残した大切なもの

 

今日は長い旅路だった。

苦労してドルボダル湿原を越え、久しぶりにランベリー城下町に到着したのは

日も落ち暗くなった頃だった。

 

「久しぶりに帰ってきたな…ここに」

食事も終え、宿の自分の部屋にあるバルコニーでラムザはそう言って、

家の明かりがあちこちに灯り始める美しい町並みを眺めていた。

 

 

少しあの事を思い出してしまった。楽しくて、そして悲しかった思い出。

ラムザは自分の荷物に目をやり、思い出したかのようにその荷物の中から

綺麗な布でくるんだあるものを取り出した。

 

「いつ見ても綺麗だな」

彼はそれを見て、少し寂しそうにつぶやく。

しばらくずっとそれを眺めていたい、そんな気分だった。

 

どこからともなく吹く風が彼の髪を優しく撫でる。

時間の流れを緩やかに感じさせる、そんな風だった。

 

コンコンコン…ドアをノックする音がした。

 

「はい?あいてますよ」

「私だ、アグリアスだ。入っていいか」

「ええ、どうぞ」

そう言った後、アグリアスが少し頬を赤らめた顔で部屋に入ってきた。

 

「飲んでたんですか?」

「ああ、ちょっとだけな。いつもならホットミルクを飲んでるお前がいなかったから

どうしたのかと思って…様子を見にきた。」

そう言ってラムザの隣りに座る。自然と彼が持っているものに目が行く。

「…」

 

それを見て、アグリアスは一瞬表情を曇らせはしたが、

すぐにそれを打ち消すように笑顔でラムザに言った。

「大切に…とってあるんだな。いつ見ても綺麗だ」

「…ええ」

その後2人は無言になる。

 

その雰囲気に少し慌てたのか、アグリアスが尋ねる。

「そ、そういえば、お互いよく知っているような感じだったが、

きっかけは何処だったんだ?」

「……ちょっと言いにくいけど、アグリアスさんだったらいいかな?」

「気になるな、聞かせてくれ」

 

ラムザはうん、と頷くとあの頃の事をゆっくりと語り始めた。

 

――――

あれはラファと、聖石の力によって生き返ったマラークが隊に加わった時、

いや、正確にはその前のリオファネス城の屋上にて人ならぬ者と戦ったあの時から。

 

僕達は激闘の末、ようやく静かな時間を取り戻していた。

(彼らは本気を出してはいない、次に戦ったら勝てるだろうか?)

 

「ランベリー城へ来るがいい!待ってるぞ…!」

死んだはずのエルムドア侯爵は確かにそう言った。

彼の隣りに美しい女性が一人、そして、僕の前にももう一人いる。

そして彼は、一瞬の内に姿を消した。そして目の前の彼女も。少し僕を見て笑いながら。

 

その後、ランベリーへ向かうという目的もあったが、

他にもやらなければならない事がたくさんあった。

自治都市ベルベニアではメリアドールに命を狙われるし、

町外れの教会ではディリータと再会した。

 

そして本当の意味での出会いは、戦いを終えた後の少し安らげるそんな時だった。

野営の準備も終わり各自食事をとり、明日に向けて剣の手入れをする者、

疲れを癒すため早々と眠り込む者、

楽しそうに世間話に花を咲かせる者など様々だった。

 

僕はなぜかその時だけは一人になりたくて、横に流れる小川に沿って

月の明かりを頼りに散歩していたのだった。

それはすでにいたのだが、正直いって全く気づかなかった。

なぜなら僕は、すでに背後を取られていたからだ。

 

ぽんぽんっ

 

不意に僕の肩を叩くので誰かと思い後ろを振り向いた。

 

ぷにっ

 

それを理解するのに少し時間がいった。

振り向いたお陰で人差し指が僕の頬に刺さっている。

こんな古典的な事をするなんて、と少しおかしかったが

そんな気分はすぐに吹っ飛んだ。

そのおかしな事をしたそれは、

あのリオファネス城の屋上で戦った3人のうちの一人、

姿を消す前に少し笑っていたあの女性だった。

 

「…ほんとにあっさり引っかかったわね」

彼女は小ばかにするような目でそう言った。

 

「うわっ!!」

 

僕は驚いて彼女から距離を取り思わず剣に手が行った。

「僕を殺しにきたのか!?」

大きな声で怒鳴るも、なんとか冷静さを取り戻すよう努める。

「そんなことしないわよ、今日は用があって来たのよ」

「…」

警戒心は解くわけにはいかない。彼女は強い、それを知っているから。

 

「そんなぴりぴりしないでよ、殺すつもりならさっきのであなた死んでたわよ」

「…うっ」

確かにそうだ。彼女がその気ならもう僕は地面にはいつくばっているはずだ。

殺すつもりがない事をとりあえず理解し、剣から手を離した。

 

「それで?」

「ランベリー城へ来なさい」

彼女はあっさりと用件を述べる。

「ランベリー城へ来いって、この前エルムドアがそう言ってたじゃないか?」

「…あれ?そうだったっけ?」

そう言って頬に手を添えて首をかしげている。

本当にそれだけのようである。何しにきたのだろう?ちょっと抜けてるのかな?

 

けど、彼女の姿は本当に美しかった。吸い込まれるような瞳も印象に強く残った。

綺麗な髪飾りやさりげなく付けている口紅もすごく似合っている。

(アグリアスさんも綺麗だけど、なんていうか…まったく異質の…

言葉では形容しがたい美しさだ。まるで非の打ち所が無い…

こんな人もいるんだな…)

 

「なにぼーっとしてるのよ」

「…あ、いや、なんでも。…けどそれだけのためにわざわざ来たの?」

「う…ど、どうだっていいでしょ!と・に・か・く!!

あなたが全然来ないからあたし達は退屈してんのよ!」

そう言ってぷいっと拗ねるようにそっぽを向く。

そのしぐさは美しさから来る想像とはまるでかけ離れている。

 

「ま、まぁそれだけよ。じゃーね」

「あ…」

なにか言う前に彼女はすでに姿を消していた。

 

(まあいいか、そういや、名前聞いてなかったな)

そんな事を考えながら僕は野営地へと引き返した。

これが敵ではない彼女との最初の出会いだった。

 

2回目の出会いは、空も赤くなりかけた貿易都市ザーギドスの街中だった。

僕はその時、自分用のアクセサリを買うつもりで店を探したんだけど、

いつものように道に迷ってしまい気づいたら人気の無いスラム街に来ていた。

(この街広すぎる…、いや、僕が方向音痴なだけかな?)

引き返そうと後ろを振り向いた時、

 

ぷにっ

 

「…」

また彼女がいた。そしてまたやられた。

 

「けっこう思いっきり刺さったんじゃない?」

そう言って微笑んだ。

「…そう思うんだったら、指、引っ込めてくれる?」

彼女はわかったという風に指を引っ込めたがまだ笑っている。

 

果てしなく広がる夕焼けのオレンジが、彼女の笑顔をまぶしいぐらいに照らしている。

僕にはそれが、どこか幻想的な風景に思えた。

 

「で、今日はなに?」

「…遅いから、からかいついでに様子見に来てあげたのよ」

「つまり用はないと、そういうことだよね」

僕はまたか、とあきれたようにそう答えた。

 

「つれない返事ねぇ。心配してあげてるのにぃ。」

「心配?君が?」

「そうよ、あなたはあたし達が倒すんだから、それが運命なんだから。

その辺のザコにやられたらって思うと心配で心配で…うるうる」

くっなんて心配の仕方だ。しかも目を潤ませて笑顔で言うなんて…。

 

「あ、それはいいとして…えっと…はいっこれあげる!」

そう言って彼女が差し出したのは、見たことも無い果物のようなものだった。

 

「…」

「遠慮しないで。差し入れよ。飢え死にしてもらっても困るからね」

遠慮じゃない。どうみてもあやしいと思う。敵なのに。けど…

 

「ね!一緒に食べよ」

 

いつもの僕なら絶対に食べなかった。けどその時の僕は違った。

彼女の屈託の無い笑顔がそうさせたのか、僕はそれを手にとり口に入れた。

「!おいしい、おいしいよこれ」

「でしょっ気に入ってくれると思ってたよぅ」

そう言って彼女はあはっと笑う。

「こんなおいしい果物があるなんて知らなかった…」

「…?知らないって食べた事無かったの?こっちの世界にいるのに

知らないなんて、あなた意外と世間知らずなのね」

 

(…本当に彼女、一言多いよな。まぁ悪気はないんだろうけど。

…けど、こっちの世界って変な言い方するな…)

「もぐもぐ…うんっおいひいね…もぐもぐ・んぐっ!の、喉が…っ」

口に食べ物を入れたまま気にせずしゃべる彼女の姿は、

その美しい容姿からは本当に想像できない。可愛いと言う方が似合う。

 

敵であるはずの彼女と一緒に果物を食べている…

そんな非現実的なひとときが何故か楽しく感じた。

 

「あーっおいしかった。…じゃ、そろそろ帰らなきゃ」

僕に向かってそう言うと、彼女は口元をぬぐって僕に背を向けた。

 

「あっ待ってよ」

「…なに?」

「君の、君の名前聞いてない」

「…あれ?言ってなかったっけ?」

「うん、聞いてないよ」

「…聞きたいの?」

「あ、うん…まあ」

「あはっラムザ気になるんだ…やったね」

彼女がすごく嬉しそうにしている。そんな彼女がすごく可愛く見えた。

 

「…セリアよ、あたしの名前はセリア。そんでもう一人がレディよ」

「セリア…か。ありがとう、さっきのおいしかった。ごちそうになったよ」

「気にしないで。気まぐれだから。

…それより…もっと強くなってよ。今のままじゃ…ダメ…」

少し聞き取りにくい声でそう言った後、彼女は僕の前から姿を消した…。

 

(強く、か。けどまた会えるかな?あ…こんな事皆には言えないな、絶対)

そう思いながらもと来た道を引き返した。

 

そして3度目の出会いが、ランベリー城までわずか一日という距離にある、

神秘的な美しさを見せる湖のほとりで、野営をしていた時だった。

僕たちはずいぶんと強くなった。けど、明日には戦うであろう強大な敵の前に、

皆緊張しているのか早くに床につく者が多かった。

 

全てが闇に覆われる中、僕はテントからは離れた所に一人でいた。

月をまるで鏡のように映す、きらきらと光る水面をじっと眺めていた。

そして月の光が映える空を見上げて、ただじっと待つ。

 

こうしていれば彼女に会える、そんな気がしたから。

静かだった空気が震え、冷たい風が僕の背中を通り過ぎる。

(彼女だ…)

僕は不思議にもそう確信して後ろを振り向いた。

 

ぷにっ

 

そこにはいつものあれをして微笑んでいるセリアが立っていた。

「また…会えたね」

そう言って、彼女はぷにぷにと僕の頬を突っつく。

「うん、待ってたよ」

僕の返事を聞いて、彼女は嬉しそうな、けど少し悲しそうな表情も交互に見せた。

 

「…」

僕は彼女がいつものように喋らないので、とりあえず座ろうと促した。

座って、2人で月がゆらゆらと浮かんでいる水面を眺める。

 

彼女は少し間を置いてから、いつもとは違って静かにつぶやいた。

「明日だね…」

「うん…明日なんだね」

彼女はそう言ったきり、膝に置いた両手の指を絡めているだけで黙っている。

 

僕は尋ねた。聞きたくなかったけど、どうしても知りたかったから。

「…僕と…戦うの?」

「…」

彼女が答えないのでもう一度聞こうとした時、…彼女は言った。

 

「戦うわ。エルムドア様の為に…あなたを殺すわ」

「避けられないんだよね?」

「そうよ、これは…あたしもあなたも、避けられない運命なんだから」

彼女は言い切った。

 

そう、これは運命なんだ。

彼女とはこうして2人で座るほど打ち解けた仲になっていたけど、

こうなる事は会った時から分かっていたんだ。

けど、心の奥には儚い期待にすがっている自分がいる。

僕は目をつむってそんな弱い気持ちを振り払おうとする。

 

「明日は、遠慮しないでね。あたしも遠慮しないから」

 

彼女は笑顔で僕をまっすぐに見据えそう言った。

僕の返事を待っているのか、その綺麗な瞳でずっと僕を見つめる。

その瞳に、その無邪気な笑顔に、僕は思わず引き込まれた。

身を乗り出して、返事をする事も忘れて。

 

「え…」

それは唇に少し触れただけのキスだった。

彼女は少し頬を赤く染めて、何も言わずに指を唇に添えている。

僕も思わずしてしまった事にドキドキして何も言えない。

 

「…」

彼女は何も言わなかったけど、

自分の手を、僕の手に重ね合わせる事で応えてくれた。

会話は無かったけど、僕たちは体を寄せ合って光が揺れる水面を眺め続けた。

彼女の髪飾りも月明かりに照らされてより綺麗に見える。

 

やがて、握る手に力をこめ、彼女がぽつりとつぶやいた。

 

「あたしも…ラムザと同じ………だったら…」

 

水面を見つめながらの、少し震えたとても小さな声だった。

最後が聞こえなかったので聞きなおしたけど、彼女はそれには応えなかった。

 

明日の事は今は忘れよう。僕はそう思った。

「夜明けまでこうしていよう」

「うん…」

 

明日という抗えない運命を前に、

僕たちはかけがえのないひとときを共に過ごしたのだった。

 

そして―――夜が明けた―――

彼女とは無言で別れた。

僕は野営地に戻って、そして気を引き締める。

剣を持つ手に力を込め、僕は戦いに身を投じていくのだった。

 

そして今、その運命に対峙していた。

 

妹アルマが幽閉されているというランベリー城内に

彼ら、エルムドアとレディ、そしてセリアがいた。

彼女達とは城門前でも戦ったが僕たちの強さの前に一度身を引いたのだ。

その時セリアと目が合ったが、彼女の表情は険しいまま変わらない。

僕も覚悟を決めた。

 

「アルマは…僕の妹はどこだ!どこにいる!!」

「知りたいのならこの私を倒してからにするのだな!」

そして戦いが始まる。

エルムドアさえ倒せば僕たちの勝ちだ。

 

戦いは激しかったが、僕たちは確実に強くなっていた。

しかしエルムドアを庇うように2人の美女が立ちはだかる。

彼女達は傷ついても傷ついても立ち上がってくる。

 

そして初めて僕とセリアは刃を交えた。お互いに武器に力を込めたまま動かない。

満身創痍の彼女は、僕の顔をまじかに見て一瞬表情を緩めたが、

またすぐに険しい顔に戻る。

 

その時、もう一人の美女がオルランドゥ伯の剣の前に倒れ付した。

「レディ!!!」

セリアが思わず叫ぶ。

ようやく一人を倒した。そう思ったのもつかの間…

 

倒れた彼女を白い光が包み込み、まるで地の底から聞こえるような叫び声がした。

やがて光が消えたそこには、異形の、大きく醜い、まさに化け物が立っていた。

僕も仲間たちも驚きを隠せない。

 

ふと、僕の剣を押し返す力が抜ける。

遂に力尽きたセリアが僕の胸に倒れこむ。

「セリアっ」

僕は思わず叫んで彼女の体に手を添える。

しかし、彼女はそれを振り払った。

 

「セリア?」

「…み、見ないで…ラムザ…」

「え?」

彼女の震える声とほぼ同時に先程と同じ光が彼女を包み込む。

(まさか?…そんな…セリアが?)

 

「いや…いやなのにぃ…ラムザ…ラムザぁ…」

涙ながらの小さい声で僕の名前を呼び続ける。

そして―――

 

「ラムザ見ちゃだめ!!見ないでーーーっ!!!」

 

僕は思わず目をつむった!

彼女の悲痛な叫びが城内にこだましたその次の瞬間には、

僕にとって、到底受け入れる事ができない現実が目の前に突きつけられた。

レディの時と同じ、あの醜悪な化け物が佇んでいたのである。

 

「…」

僕は立ちすくむのみで…動けない。

「ばかっ何をしているラムザ!!離れろ!!」

アグリアスさんが僕の腕を力一杯に引っ張って化け物から引き剥がす。

その衝撃で僕は我に帰る。

 

―― 明日は、遠慮しないでね ――

 

彼女の言葉が脳裏に浮かぶ。

そう…そうだった…分かってたはずだ。戦うのは運命なんだ。

例え彼女の姿が変わってもそれは変わらない。

僕は…戦わなければ…っ

 

そして自分に言い聞かせるようにみんなに向かって叫んだ。

「こんな化け物にひるむな!敵は、エルムドアただ一人だ!!!」

それを聞くとみんなが頷き、そしてエルムドアに向かって突き進む!

 

そして激しい戦いの末、仲間の何人かが深手を負ったものの、

僕たちの前に血を吐いて片膝をつくエルムドアがいた。

 

「やはりこの肉体では無理なのか…地下だ…地下へ来い…

妹はそこにいるぞ…」

「逃がすものか!!」

しかし僕が止めを刺す前に、エルムドアは姿を消した。

 

ギャォォォォォン!!

すると、突然後ろで苦しむような叫び声がした。

振り向くと、レディだったはずの化け物が白い光に包まれもがき苦しんでいる。

そして光が消えた後には、

化け物と同じような形の、石の彫像だけが佇んでいた。

僕はそれを見て、はっとしてセリアだったはずの化け物へと振り返る!

 

レディの時と同じ白い光が彼女を包みこんだ!

ギャォォォォォン!!

 

化け物の断末魔が彼女の苦しむ声に聞こえて、

僕は駆けずにはいられなかった。

(いやだ…こんなのいやだ!こんな別れ方はイヤだ!!)

そう思った時には声に出して叫んでいた。

 

「セリア!セリアーーーっ!!」

 

僕の突然の叫びに仲間たちは驚いている。

「いやだ…セリア死ぬな!君の笑顔をもう一度…見せてくれ…っ」

ほとんど涙声になる。けど心からもう一度会いたいと、強く願った。

 

その時―――!

僕の懐に入れておいた聖石が輝きだした―――

そのまぶしい光が城内全てを包み込む。

光が弱まったその先には、

会いたいと強く願った彼女、セリアが光に包まれて微笑んでいた。

 

「ラムザ…強くなったね…すごいよ…」

光に包まれた彼女は、そう言って笑顔を見せてくれた。

「でも…もっと強くなって。…強くなって…死なないで…」

「うん…うん…」

僕は頷く以外に言葉が出ない。

 

「あたしにキスしてくれて…嬉しかった…だって…

大好きだったから…」

彼女は言った。溢れた涙が頬を伝い落ちる。

僕は無意識に…答えた。

「僕も…僕も好きだよ…セリアの事が…好きだ…」

「ラムザぁ…嬉しい…あぁ…」

 

「あたし…こんなのでも…生まれてきて良かった…」

 

そう言って、今までで最高の笑顔を見せてくれた。

僕の頬に熱いものが流れる。

 

徐々に涙を流している彼女の姿が見えなくなる―――

 

「ラムザ…ありがとう…さようなら…あたしの…大好きな人」

 

聞こえにくくなる彼女の声を聞いて…僕も応えた。

「うん…さようなら…僕の大好きな…セリア」

 

さようなら ――――

 

そして光と共に、彼女、セリアは消えた―――石の彫像だけを残して。

彼女は涙を流していたけど、最後まで笑顔だった。

 

彼女はもうこの世にいない、僕の名前を呼んではくれない。

それを理解すると、もう溢れる涙を止めることができなかった。

「ぅ…うぐっ…ぅぅ…」

そんな僕の頭を、オルランドゥ伯が優しく撫でてくれた。

次にはもう我慢できずに大声で泣いていた。

 

「うわぁぁぁーーーーっ!!!!!」

僕の泣き叫ぶ声だけが、城内に何度も何度も木霊のように響いていた…

しばらくして…

僕がようやく落ち着いた頃、アグリアスさんが何かを見つけた。

それは、石の彫像の頭に引っかかるようにして乗っかっていた。

 

僕にとってそれは見慣れていたもの…

そう、彼女がいつもつけていた綺麗な髪飾り、カチューシャだった。

 

アグリアスさんはそれを手にとり、僕に差し出した。

両手で受け取ってしばしそれを眺める。

「…」

あの時の他愛ないけど楽しかった、かけがえのない瞬間や彼女の笑顔を思い出す。

そうだ、彼女はいないけど、いたという証拠はある。それがこのカチューシャだ。

彼女が残してくれたこれが、僕にとって大切な、大切な思い出なのだ。

僕は勇気をもらったような気がした。

 

そして立ち上がると、みんなに言った。

「ごめん、ちょっと取り乱した。けどもう大丈夫。さあ行こう!」

みんなも頷き、そしてエルムドアのいる地下へと向かったのだった…。

 

―――

「そうか、そんな事があったのか…」

話を聞き終えたアグリアスは静かにつぶやいた。

泣いているのかと思ってラムザの方を見ると涙はない。

それよりも、まるで子供の頃の楽しかった思い出を語るような顔をしている。

 

「もう…吹っ切れたのか?」

「…ええ、大丈夫ですよ。最初は…一人でいると、

彼女に会えるんじゃないかって思った事もあったけど、今は大丈夫です」

彼は少し間を置いた後、そう答える。

 

「彼女の事、今でも…好きなのか?」

「…」

その沈黙に、アグリアスは少し胸が痛くなる。

 

そしてラムザが答える。

「…あれは、たぶん…チャームの魔法にでもかかってたんですよ」

「はぐらかすな……けど、お前らしい答えだ」

アグリアスはそう言って笑った。

 

そしてラムザの気持ちも考えないでこんな質問をした自分を恥じる。

(もうこの世にいない、いや、存在すらしなかったかも知れない女にまで

嫉妬するなんて…だめだな、私は…)

アグリアスはそんな自分を情けなく思った。

 

そして、そんな後ろめたさを振り払うように、努めて明るく言った。

「彼女は…最後は幸せだったと思う」

そう言ってラムザの持つカチューシャにそっと手を添える。

 

それを見ていたラムザが何かを思いついたように言った。

「…そうだ、アグリアスさん。このカチューシャ、受け取ってよ」

「え?…けど、これはお前の大切なものじゃ…」

「大切なものだけど、これは僕じゃなくて…

やっぱりアグリアスさんのような、綺麗な人が持つ方が似合ってるから」

アグリアスはどきっとした。顔が熱くなるのを感じる。

 

「ばっばか…そんな事真顔で言うな…」

そう言うアグリアスの手にラムザは黙ってカチューシャを握らせた。

「きっと似合いますよ」

アグリアスは恥ずかしそうにそれを見つめる。

「…ありがとう」

頬を赤らめてぽつりと言った。

 

「それをつけたアグリアスさんを見れるなんて、明日が楽しみだなー」

「わっあ、明日ってそんな…」

「僕はそれをつけたアグリアスさんが見たいです」

それを聞いてさらに頬を赤く染め、照れて俯くアグリアスだった…。

 

翌朝―――

青い空、仲間に囲まれて、

髪につけたカチューシャを恥ずかしそうに手で隠すアグリアスがいた。

それを見て茶化す者、誉めたてる者様々だ。

ラムザは少し離れたところでそれを見つめていた。

 

ふと、風が吹いて何か甘い香りが彼の鼻をくすぐった。

その香りの方に意識が行く。

その視界の先にあった木が見慣れない花を咲かせて、

何かをたくさんぶらさげて立っているのが目に入った。

 

「こんな所にあったんだ…」

 

それはあの時の、

おいしいと言い合いながら彼女と一緒にほおばった、あの果物がなっていた。

ラムザはそれに向かって笑顔で話し掛ける。

 

「ほら、見てよ。あの人にも似合ってるだろ?」

 

それに応えるかのように、風に揺られた葉がさわさわと音をたてる。

ほのかに甘い香りを含んださわやかな風がラムザを通り抜け…

まるで悲しい思い出を洗い流すように…

優しく暖かい風が、彼に春の訪れを告げているのだった……

 

 

~fin~

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