FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】NO DOUBT

   

   

    悲鳴?

 それとも、産声?

 喉もかれよと叫んだあの告白は。

 

 逃げるため?

 それとも、立ち向かうため?

 迷いもせず頷いたのは。

 

 

 

 

 言い知れようのない焦りはラムザ達の胸の中を渦巻き、見えぬ奔流となって彼らの心に襲いかかろうとしていた。

 冷静な判断をと頭が望んでも思考は空転する。足元をすくわれそうな錯覚がそのたびに脳裏を過ぎった。

 ――自分達は失敗した。

 進まぬ行程に誰もが無口になり、ただ黙々と足を動かす。焦りと不安、疲労が色濃く滲む彼らの横顔をちらりと眺めやったラムザもまた、同じような想いを抱いていた。

 自分達は失敗したのだ。

 ガフガリオンの奸計に陥り、王女救出のための貴重な時間を浪費した。すべき判断を怠り、情報を鵜呑みにしたためだ。

 誰を責めるべきでもない。あの時確かに状況は予断を許さず、事態は一刻を争った。王女オヴェリアが処刑されるというのは前後の状況を考えれば疑う余地はまったくなかった。

 巧妙な罠だったというわけだ。その罠に、誰もがはまった。

 だから、とりわけ誰が悪いというわけではない。

 ラムザは斜め前を歩く年長の女騎士に視線を移した。自分のこの位置からは彼女の表情を窺い知ることはできない。だが小休憩の際に盗み見た彼女の表情は、明るいものとはいえなかった。厳しく、思いつめたような、そんな顔をしていた。

 未だ思いつめているのだろうか。あれは、己の失態だと。

 処刑場でガフガリオンらと剣を交えた後、彼女は自分に向き直り「私の責任だ」と頭を下げた。姫をお救いしようとしたのに適わず、ましてやむざむざ敵の思惑にはまってしまうなど、あるまじき失態だと。

 ラムザが途中で彼女の科白を遮り、それは違う、皆の責任だと言うと、驚いたような顔をして唇を引き結んだ。

 それから彼女は皆と口をきこうとはしない。件の表情のまま、必要最低限のことを必要な時にだけ語るだけだ。

 ――あなたが、悪いわけではないのに。

 後ろ姿にラムザは思う。ぬかるんだ泥道を嫌がってチョコボが足を止めた。首を叩いてそれを宥め、そうして再び歩を進める。

 あなたは悪くない。少なくとも、あなただけが悪いのではない。

 声はなく、ただ唇だけで呟いた。

 ――真に咎められるべきは自分なのだから。

 あなただけが悪いのではない。皆が平等に犯した罪なのだ――、処刑場でラムザは彼女にそう語ったが、しかし、彼もまたその言葉に違和感を覚えていた。

 皆が平等に悪い、そんなのは嘘だ。そう思った。

 もしも、自分に力があれば守るべき人を守れたかもしれない。

 もしも、自分にもっと意思というものがあったなら、状況は好転していたかもしれない。

 もしも、自らの立場を早くに明かしていたなら何かが変わっていたかもしれない。

 もしも、あの時。

 数え切れないほどの仮定形が脳裏を過ぎる。その考えは傲慢かもしれない。己の力量というものを過大に評価しすぎているかもしれない。だが、今までを振り返ってみると、こう考えることも自分にとって必要なようにラムザには思えた。

 ――現実から目を背け、逃げているだけの子供だッ!

 冷水を頭から浴びせられるようなガフガリオンの言葉。頷きかけてとどまり、違うと叫ぼうとして、しかし言葉は喉を通らなかった。

 轟音と共に凄まじい水飛沫を上げる滝の前、唐突にラムザは思った。

 逃げた自分は確かにここにいる。あの時、自分は逃げ出した。

 では、逃げて何処に行く気だったのだろう。

 自分は、何処へ?

 身を窶し、しがらみを捨て、誰かのためになればと剣を持った。だが、その剣は真の意味を持っていただろうか。

 見えぬもの、解らぬものを知ろうとしながらその実、すべてを諦めていなかっただろうか。目を背け続けていなかっただろうか。

 ――真暗闇を歩いていたのだ、と気付いた。

「ラムザ」

 呼ばれ、はっとラムザは顔を上げた。視線の先、薄暮に包まれた空気の向こう、彼女が自分を見ている。暗くて彼女がどんな表情をしているのかは分からない。だが、声は穏やかだった。

 「陽も落ちた。先を急がねばならないが……今日はもうこれ以上進めないだろう」

 少し間をおき、ラムザは頷いた。

 

 

「じゃ、先に寝るな。交代時間になったら教えてくれ」

「分かった」

 おこした火の前に座り込んだラムザの肩を叩き、仮ごしらえの天幕にムスタディオは入っていった。簡素な食事を済ませ、他の仲間は既に休んでいる。ラムザはこれから数刻の間、番をすることになっていた。

 黒く染まった夜の空に星が幾つも瞬いている。おそらく冷え込むだろう。

 手頃な棒きれを用い、熾火をかき回す。空気を得て火は一瞬燃え上がり、その場をふんわりと暖め、また小さくなった。

 ラムザは飽かずその様子をじっと見つめていた。火がもたらすあかりは暗闇に映え、炎が揺れるそのさまは、異国の娘が妙なる踊りを披露するのにも似ていた。

 暗闇を照らし出すあかり。

 途切れた思考は暗闇に浮かんだあかりによって継続を促される。ラムザはそれに逆らわなかった。ただその前に今一度火をかき混ぜ、炎を起こした。真の暗闇を退けるために。

 あの時、自分は逃げ出した。何処へ行こうなどと考えもせずにとにかくその場から離れたいと思った。

 そして、そのままついこの間まで逃げの道を辿っていたのだ。

 何が起きているかこの目で確かめたい、誰かのためになりたい、そんなもっともらしい言い訳をつけて。頭ではそのように思いさだめて、剣を振るっていた。

 だが、それは偽りだ。今、ラムザはそう思う。偽りというより、甘えかもしれない。

 情けないことながら他者に指摘されそのことに気付いた。今は味方とはいえぬ者達の指摘は鋭く自分を穿った。

 穿たれ、切り崩され、足元が危うくなって初めて周囲をラムザは見渡した。あたりはまったくの暗闇であったため、じっと目が慣れるのを待った。そうしてようやく慣れた頃、周囲を見渡してみた。

 歩こうと思っていた道の数歩先は、ぽっかりと穴が開いていた――。

 そう感じた。

 自分の立っている場所のなんと不確かなことか。物事の捉え方のなんと近視眼的なことか。思考は甘く、曖昧で、即時的。抜け出したいと、変わりたいと願った一年前とそれでは何も変わりはしない。

 自分は何処へ行くというのだろう。

 何をしたいのだろう。

 かつての親友であり誘拐犯であった男から王女を託され、彼女を護りながら考えた。

 何をすべきなのだろう。

 考え、悩んだ。その間に様々なことが起きた。

 事象の変化にその都度対応しながら、そして同時に己の判断の甘さを再認識しながら考えた。

 だが、その甘さを認めたとしても己の中にある「根」を何かに変えることはできないとラムザは思った。逃げ出した後、再び剣をとったその理由――言い訳ではなく――はやはり自分の源。理不尽な理由で倒れていく人を見るのはたくさんだというその想いこそが。

 老傭兵の言葉はそれ故に理解できなかった。その背後にいるであろう己の長兄の思想も、おそらく理解できないだろう。

 何かの犠牲に成り立つ大義など、人として認めるわけにはいかない。世はそれを受け容れ、当たり前のことだと思い為しても自分はそう思いたくなかった。たとえ理想論だとしても。

 何も見なかったかのように故郷へ戻るなどということも到底できなかった。耳を塞ぎ、口を噤み、そうして生きることにおそらく自分は耐えきれない。

 誰の指図にも従うことはできない。抱く願いと理想は、他のどんな主張とも相容れなかった。

 結論は出た。瞬間、真暗闇だったラムザの周囲はかすかに明るくなった。と、同時に、背後の道は消えうせた――、退路は絶たれたのだ。

 いや、退路は自ら絶った。それがゴルゴラルダでのすべてだった。己も仲間も――そして彼女も――それぞれの愚かさ浅慮さを呪った彼の地でしかし、自分は何かを手放し、失い、そしてまた、何かを手に入れた。

 謀略に陥った悔恨よりも、遥かに大きく心を占める「何か」。心を占めるが故に、手放し、手に入れたために心が高揚したのを感じた故に、ラムザは己が咎められるべきなのだと道行きの途中に思ったのだった。

 ――あなたは悪くない。誰も悪くない。

 悪いのは、咎められるべきは自分。過ちと愚かさを感じた心は、同時に、解放の機を得たことに喜びを感じていた。一瞬だが、確かに己の心の比重は逆転した。

 そして、もうひとつ。咎められるべきは仮定形の悔恨。

 得た結論は今までの自分をそのまま、ある意味において否定するものだった。自らを偽ることなく、明善な意思というものが内に存在していればこのようなことにはならなかった、それ故に咎められるべきだと思った。

 それはやはり傲慢と言うべきかもしれない。今このように仮定したところで過去が変わるわけでもないのだ。過去は変えられない。

「ラムザ、時間だ」

 背後から投げかけられたのは意識的に潜められた声。その声にラムザは振り返った。

「アグリアスさん」

 現れたのはアグリアスだった。夕暮れ時と同じように彼女の顔は闇に阻まれ、よく分からない。だが、声色はやはり同じく穏やかなようにラムザには思えた。

「冷え込むな」

「ええ」

 ラムザは座ったまま移動し、アグリアスが座るための場所を作った。そうして、長いこと放っておいてしまった焚き火をかき回し、空気を入れ、枯れ木を投げ入れた。

 どれくらいの間、考えに沈んでいたのだろうか。闇はより深くなり、冷気は確かに身に迫っていた。その夜に、息を吹き返した炎が鮮やかに揺れる。

「考えごとをしていたのか?」

 踊る炎を見つめたまま、アグリアスはふと言った。

 同じように火を見つめていたラムザは、言葉に視線を移した。炎に照らされ、今はよく彼女の顔が見える。声色と同じくその表情は穏やかだった。

「どうして、そう思うんです?」

「まるで気配に気付く様子がなかったからな」

 問いで返された答にアグリアスは素っ気なく答えた。

「声をかけてよいか、いささか迷った」

「……今までのことをちょっと振り返っていたんです」

 ラムザは目を伏せた。彼女が迷ったように、彼も迷いを感じていた。だが、それはほんの少しの間で、彼は口を開いた。

「今まで見ないようにしていた、避けていた。そんなことばかりだった。避けていてもなんとかなると思っていた……」

 言葉を切った。アグリアスは何も言わずただじっと聞いている。そのことを確認し、ラムザは小さく息をつき、再び言葉を紡いだ。

 傭兵になるよりも前のこと。傭兵になった経緯。隠した身分。自らの想い。想いは胸に浮かぶのと時を等しくして言葉となり、ともすれば沈黙してしまいそうな、止まりかけてしまいそうな思考は今、滑らかだった。

「それでだったのだな」

 あらかた話し終え、静寂が戻る。焚き火へ枯枝を投げ、アグリアスは頷いた。

「え?」

「処刑場でのおまえの言葉だ」

 伏せていた顔を上げ、ラムザはアグリアスを見た。アグリアスもまた彼を見ていた。

「処刑場で私は、ラムザ、おまえの言葉を初めて聞いたような気がしたのだ」

「アグリアスさん」

 強い意志を見る者に感じさせる瞳を今ばかりは細くし、アグリアスはどこか遠くを見るような風情を見せる。ラムザが今まで見たこともなかったような顔のままで、彼女もまた次の言葉を繰り出した。

 不思議な夜だった。

「悲鳴にも、別のものにも聞こえた。産声のような、決意のような……うまい形容が見つからんな。でも、そうだったのだろう?」

 ラムザは小さく頷いた。他に何か反応を返そうと思ったがうまくいかず、ただもう一度頷いた。

 彼女は気付いていたのだ。

 自分があの処刑場で発した言葉の、その声色を。

 あれが己の結論だったということを。

 気付いていたのだ――。

 それは純粋な驚きだった。アグリアスが気付き、今自分にこうして指摘したことは、ラムザにとって驚きであり、驚きはやがて沁みわたるような感情となって彼の心に降った。

「……だから、頷いたんですね」

 掠れた声でラムザは言った。

 今でもはっきりと覚えている。もしかすると、自分が放った言葉よりもずっと深くその言葉は刻み込まれたのかもしれない。

 ――呼応するような、言葉だった。

「僕はあの時覚悟していた。決めていた。逃げるのをやめて、自分で歩いていくことに。だから、そんな時にあなたが僕を信じるって言ったことはとても心強いことだった」

「私の目は節穴ではないぞ。それくらい分からなくてどうする?」

 アグリアスは微笑った。そして、続けた。

「……私も迷っていたのだ。どうしていいのか分からなくなっていた。だからおまえの言葉は眩しかった。引き付けられたのだ」

 少々羨むくらいに。そこだけは冗談まじりの口調でアグリアスは話し終えた。

 ラムザは黙したままそれを聞いていた。やはり沁みわたるのは、降り積もるのは暖かな想い。信じるという彼女の言葉は自分の心を満たし、独りではないのだと知ったことは、真暗闇だった空間にともったあかりに希望の油を注いだ。

 もし、自分の想いがあの時の彼女に同じようなあかりをともしたのならば。

 それならばこんなに嬉しいことはない。ラムザは思った。

「さあ、もう夜更けだ。早く休まないと明日が辛いぞ。……明日は正念場となるのだから」

「ええ、そうします」

 アグリアスの言葉にラムザは立ち上がった。明日にはライオネルに入る。そこで自分達は王女を一刻も早く救わなければならない。大義などのために命を弄ばれているひとりの人間を。

 それは自らの願いをかけた戦いの始まりとなるはずだ。

「アグリアスさん」

 天幕にかけられた布を上げようとして、しかしふとラムザは振り返った。

 何よりも伝えなければならないことがあった。

「なんだ?」

「ありがとう、と言おうと思って」

 頷いてくれたことを。信じてくれたことを。

 振り返ったアグリアスは、ラムザの言葉にあの穏やかな表情で軽く頷いた。

「礼などいらぬ。それより、ラムザ。私のことは呼び捨てで構わない。仲間なのだから」

 そう言って口の端をわずかに持ち上げてみせた。

「アグリアスさん……。いや、アグリアス。……分かった」

 ラムザは一瞬目を見張ったが、やがて頷いた。そして心の内でもう一度呟き、天幕へと入った。

 

 ――ありがとう。

 頷いてくれたことを。信じてくれたことを。

 共に歩むを選んでくれたことを。

 

 星の夜。

 戦乱の前触れである微かな震えを確かに感じた夜。

 孤独だが独りではない――、ラムザの願いをかけた戦いはここから始まろうとしていた。

 

 

 

~fin~

 

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