【FFT SS】赤の光
―――――僕は今でも忘れる事ができない…。
ディリータという名の、親友を失ったあの日の事を―――――
―――――ラムザ!アルガスの次は、おまえの番だッ!!―――――
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そこは深夜の少し寂れた酒場、
その小さな部屋の片隅で、ラムザはひとり座っていた。
カウンターには飲めもしない赤ワインの入ったグラス。
いつもはホットミルクなのに、
なぜかこの日は自分から赤ワインを頼んでしまった。
「やっぱり飲めない…」
ラムザはそう言って、手に持ったグラスを暇そうにくるくる回していた。
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そこへすっと、隣に体躯のいい男が座った。オルランドゥ伯である。
「どうしたラムザ?珍しいな、ワインを頼んでいるとは…
それに、君はもう寝る時間じゃないか?」
オルランドゥはラムザをまだまだ子供と見ているようで、
少し笑いながら、自分も赤ワインを頼む。
ラムザが答える。
「ええ、いつもはそろそろ寝る時間なんですが、
なぜか今日はそんな気分にならなくて。
たぶん初めて飲んだ、あの時の赤ワインを思い出してしまったからですよ」
「ふむ、酒は駄目だと聞いていたが、飲んだ事があるのかね君は」
「ええ、酒は駄目ですけど、あの時だけはなぜか飲みたくなって…」
ラムザはグラスに並々と注がれたワインを見つめながら、ひとつ大きく息を吐いた。
「昔の事か。ふふ…若い時はなんでもやってみるものだ。私もそうだった。
どうだ?その時の話を私にしてくれないか?」
「え?いいですけど、オルランドゥ伯にはつまらない話かもしれないですよ?」
「つまらない事はない。初めて飲んだ酒の味など、もう私は覚えていない。
だから君の話はとても興味深い。ぜひ聞かせてくれ」
「ええ、分かりました。
…では…、僕が初めてお酒を飲んだあの時――――――
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僕が初めてお酒を飲んだあの日、僕の側には二人の友がいた。
それは、僕がまだ北天騎士団に所属していた時まで遡る。
僕にはあの時、かけがえのない、大切な、
そして生涯を共にするだろうと信じていた親友がいた。
農家の息子だったけど両親を黒死病で亡くした後、
僕の家、ベオルブ家に妹ティータと共に引き取られたんだ。
ディリータは僕と同じ年齢だった。
「よろしく」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします…」
初めて顔を会わせた時、彼は僕の家柄に気を使っているようだったけど、
僕にはまるで同じ歳の兄弟ができたようで嬉しかったのを覚えている。
僕は勇気を出して積極的に彼を遊びに誘った。
最初はぎこちなかった彼も徐々に打ち解けてきた。
それからの彼は、僕の良き親友、良き相談役となり、
常に側にいてくれるかけがえのない友だった。
そしてもう一人、アルガス・サダルファス。
彼とは僕とディリータが、骸旅団せん滅の前哨戦に参加していた頃に出会った。
歳は僕より少し下。けど物怖じしないはっきりとした性格だった。
アルガスの希望もあり、僕とディリータ、アルガスの三人は、
ダイスダーグ兄さんの命令を無視してエルムドア候救出へと向かったんだ。
救出は一筋縄では行かなかったが、それでも無事、侯爵を救出できた。
けど兄からは叱責を受けた。当然だ。命令違反をしたんだから。
僕たちは骸旅団せん滅作戦への参加を命じられた。
目的地である盗賊の砦の手前にある、マンダリア平原で僕達は一夜を明かした。
その夜が、僕にとっては忘れられない、楽しかったひとときだった。
僕はひとり、きらきらと光る夜の星空を眺めながら、
明日行われるであろう激しい戦いに自分がどこまでやれるのか、
逃げ出したりしないだろうか?…そんな事を考えていた。
少し冷たさを感じる夜の風が吹く。土と草花の匂いがなんとも心地よい。
そんな居心地の良さに気持ちよくなって、
眠気をこらえるために、腕を伸ばして深呼吸していると、
後ろから何やら騒がしい声と複数の足音が聞こえてきた。
「ああ、ラムザ。そこにいたのか」
ディリータが僕に声をかける。
「おいおいラムザ。探したんだぜ」
ディリータの隣にはアルガスもいた。
「どうしたの二人とも?…うん?なんでコップとか食べ物とか持ってんの?」
僕はこんな夜になんだろうと思った。
「なーに言ってるんだラムザ。
今から明日への景気づけのために、いっちょ宴会でもやろうと思ってな!」
「おいアルガス、景気づけの宴会じゃないぞ。
俺たち三人の友情を深めるための宴会さ」
僕の知らない所で話が進んでいたようだ。
やる気満々な彼らに押される形で、草原のど真ん中で宴会の準備となった。
準備といっても、椅子もテーブルもない。明かりもわずかだ。
買って来たワインやジュース、お菓子を地べたに並べて自分達も地べたに座る、
なんとも味気ない宴会だった。
でも、気分は悪くない。逆にわくわくする。もう眠気なんて何処かに消えてしまった。
ディリータとアルガスのコップには安物の赤ワインが注がれた。
僕のコップにはいつものとおりミルクだ。
アルガスにからかわれたけど、ディリータがフォローを入れてくれた。
「よし!乾杯だ乾杯!」
「そうだな、ラムザ、おまえがここはびしっと決めてくれ」
ディリータが少し笑いながら僕にそう言った。
「え?ぼ、僕が…?えと…なんて言うの?」
「おいおいテンション低いぞラムザ。何でもいいから!」
異様にテンションの高いアルガスが僕をせかす。
「緊張するなよラムザ。普通に言えばいいんだ」
「あ、うん…、じゃあ……明日は…怪我しないでね。乾杯」
「…」
「…」
ディリータとアルガスは目を合わせて肩を落としている。
「えと…ダメ?」
「いや、駄目じゃないぞ。よしっ乾杯!俺はおまえについていくぞ。
ラムザ!怪我をしたら、いつでも言いな。「おまじない」で治してやるよ」
ディリータが僕をまっすぐに見て言った。
ディリータはいつも僕を気遣ってくれるけど、
やっぱりこうして言葉にしてくれると本当に嬉しい。
アルガスはやれやれ、という風な顔をしながらワインを飲んでいる。
僕たちの仲の良さがそんなに羨ましいのだろうか?
アルガスも素直に仲間に入ればいいのに…、僕はそう思った。
三人だけの宴会は続いた。
目の前を彩る色とりどりのお菓子がとても美味しかった。
普段は見向きもしないような物まで美味しく感じた。
ディリータとアルガスはワインを美味しいと言いながら飲む。本当だろうか?
ディリータが美味しそうに飲む姿を僕がじっと見ていると、
アルガスが僕に新しいコップを差し出した。
「ラムザも飲んでみろよ。おいしいぞ」
「え?僕飲めないよ。夕食でワインを初めて飲んで以来、苦くて駄目なんだ」
そう、僕はベオルブ家の食事で毎日出されるワインにはうんざりしていた。
兄さんたちは「ワインぐらいは飲めるようになれ」と言ってたけど、
あんな苦いものは飲めない。
妹のアルマだけが、僕のそんな苦労を分かってくれていたようで、
僕のミルクのおかわりは、いつもアルマが入れてくれたのだった。
ワインを断った僕に対し、アルガスはなおも勧めてくる。
ディリータが言った。
「ラムザ、もう一度飲んでみたらどうだ?
お酒の味なんてその時、その気分で変わるものさ」
「そうそう、今なら楽しく、美味しく飲めるはずさ!」
アルガスが笑顔で言い切った。
「…」
僕は迷った。ディリータが言うんなら…。
今日はお菓子も普段より美味しく感じるし、ひょっとしたら…。
「じゃ、少しだけ…飲んでみよかな…」
「よし、俺がついでやるよ」
ディリータが嬉しそうに僕のコップにワインを注いでくれた。
ディリータとアルガスも自分のコップにワインを注ぐ。また乾杯のようだ。
二人は、僕がワインに口をつけるのを今か今かと、固唾を飲んで見ている。
―――ごくり―――
「あ…あれ?…苦いけど…おいしい…かな?」
「そうだろそうだろ!?今日飲む酒はなんだってうまいはずさ!」
アルガスが僕の肩をばんばん叩きながら言った。既に酔っているのだろうか?
もう一度飲んでみた。舌で味を確かめる。
ディリータの言ったとおり、その時の気分で味は変わるのだろうか?
本当にワインが美味しく感じた。これなら、これからもずっと飲める気がする。
「ラムザとこうやってワインを飲むのは初めてだな。」
「うん、そうだね」
ディリータは僕を見ながらしみじみとそう言った。
「こうして、これからもずっとワインを飲み交わせる、そんな親友でいたいな、ラムザ。」
ディリータは少し恥ずかしいからか、夜空を眺めながらつぶやいた。
僕はディリータの言葉が嬉しかった。
これからも親友でいてほしい。心からそう思った。
僕たち三人は地面にごろんと寝転がった。涼しい夜風がお酒で熱くなった体には気持ちいい。
虫の鳴き声だろうか?静寂な空気にその音だけが響いている。
こんな幸せな時間は、
僕たちが年老いて死ぬまで続くのだろう。それを信じて疑わなかった。
きらきらと光り輝く星空は、僕たちの友情を祝福してくれているようにも見える。
闇夜に輝く星空の中、一際強く光る、赤い大きな星が印象的だった。
こんな幸せな瞬間のすぐそばに…
悲劇が待ち受けているとは知らずに…
ディリータがそばからいなくなるなんて夢にも思わずに…
僕は次の日も、いつものように戦いに臨むのだった…。
そして――――
―――――ラムザ!アルガスの次は、おまえの番だッ!!―――――
僕の耳に…あの言葉が今でも木霊している―――――
――――――――――――――――――
「僕が自分でお酒を飲んだのはあれっきりです…」
ラムザの声は消え入りそうだった。
オルランドゥは黙って聞いていた。
「…やっぱり、飲めないや…」
飲もうとして手に持った赤ワインをくるくる回しながら、
ラムザは今にも泣きそうだった。目に一杯涙を貯めている。
「あの時みたいな…美味しかったワイン…もう一度…飲みたい…」
オルランドゥは静かに、優しく語りかけた。
「この戦いが終われば…時間はいっぱいある。時が傷を癒してくれる。
人生はこれからだ。思い出は色あせるが、
友を想う気持ちは色あせない。…きっと飲める。君さえ、諦めなければ――――――――
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長い時間が過ぎる…
客がいなくなった薄暗い、音一つしない酒場、
そこにはラムザもオルランドゥの姿もない。
耳をつんざくような静寂が辺りを包む。
そんな静寂の中に、カウンターの上で僅かに輝く光。
それは、月の明かりに照らされて、弱々しく光る赤ワイン。
親友を失った青年の悲しさを表わすかのように、
にぶい赤の光を放つ赤ワインだけが、寂しく、静かに佇んでいる――――
その今にも消えそうな赤の光は、
しかし、今でも忘れない友を想う気持ちを表わす、彼の希望の光。
諦めなければ願いはいつかかなうと…。
…決して消えることのない、彼の心の支え、それが、赤の光―――――――
~fin~