FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】本音の二人

  

最近、ラムザ・ベオルブには悩みがある。

 

見上げれば目の先へどこまでものぼっていく深い青色の空に、

淡い灰色の雲がちぎって浮かせたようにまばらに流れている。

高いところを吹く風の遠いうなりがかすかに聞こえてくる。ラムザは秋の空が好きだった。

 

 

「ラムザ!おーい、ラムザ!まただあっ!」

好きだったのだが、最近そうでもなくなりつつある。

なぜだかトラブルが起きるのは、こんな気持ちのいい秋晴れの日に決まっているようだ。

 

「マニス通りの酒場だ。来てくれ」

「わかった……」

 

ポケットに残っていた干しアンズの実を景気づけに口へ放り込み、

ラムザは重い重い腰を上げた。

 

 

ラッドに案内された酒場の中は惨状だった。

店のおやじが突然聖石を取り出してルカヴィに化けたのだと言われたら信じたかもしれない。

「……いい加減にして下さいよ、二人とも」

腰に手を当て、太陽を背にして、せいいっぱい厳めしく低い声を出すラムザの前で、

二人の騎士がちんまりと床に座らされていた。

一人は青の騎士服を身につけ、一人は緑のローブをまとい、凛々しい美貌の女騎士が二人、

子供のようにむくれた顔をして並んでいるのは見ようによっては滑稽だったが、

笑ったりする者は一人もいなかった。

酒瓶やテーブルや椅子や床のようには誰もなりたくなかったのだ。

 

「今日の原因は何なんです」

「メリアドールだ」アグリアスが即答した。

「どういう意味よ」

「お前が昨日私の鎧を砕いたのだろうが!」

「だからって今日私の服を脱がしてもいいっていうの!」

「ドーターであつらえた特別な品だったのだぞ!」

「間違えて悪かったって言ったじゃない!!」

「範囲もCTもない剛剣で何を間違えるというのだっ!!わざとに決まってる!!」

「言いがかりだわ!剛剣は繊細なのよ、

巻き添えを出してばっかりの雑な聖剣技と一緒にしないで欲しいわね!」

「何だと、このっ!!」

「やぁるかあっ!?」

 

「「「いい加減にしなさいッ!!」」」

 

ラヴィアン、アリシア、ラムザの声がきれいに揃って、

蓋をされたように二人はぴたりと静かになった。

「原因は大体わかりました。アグリアスさんの鎧は今修理に出してます。

メリアドールさんのローブも新しいのをあつらえます。

以後この件は忘れること。いいですね」

まだ不満そうな二人へ、

「……次に喧嘩したらオルランドゥ伯に止めて貰いますからね」

最後通告に近いラムザの言葉に、さすがに二人とも肩をすくめる。

きびすを返したラムザの元へ、機をうかがっていた酒場の主人がこそこそと近寄る。

手に持った算盤に示された額を見て、ラムザは胃に重いものを呑み込んだような気分になった。

 

 

「……何でああなんだろー、あの二人~」

先ほどとは別の酒場で、ラムザはムスタディオを前に突っ伏していた。

酒よりミルクを好むラムザとはいえ、呑まずにいられない時もある。

「相性が悪いんだ、そういうこともあるさ。おーいお姉さん、おかわり!」

ムスタディオの方は泣き言など聞き慣れているのか、恬然としてジョッキを干している。

「俺達お尋ね者なんだし、今更一つや二つ器物損壊がついたってどうってことないだろ」

「好きでお尋ね者になったわけじゃないやい」

親友のあおるジョッキの底を恨めしげに睨む。

お尋ね者の上、さっきの店でいいだけ悪目立ちしてしまったものだから、

もうこの街で安心して呑める場所といったら場末も場末の安酒場だけである。

安物の調理油の臭いが鼻につく。

 

「大体、最初はあんなに仲が悪くなかったんだよ」

酔いに任せてラムザは回想する。

初めて陣幕の内に迎え入れたとき、神殿騎士メリアドールは伏せがちな目をして、

誰ともあまり口をきかない、静かな女性だった。

もっとも、つい昨日まで命をつけ狙っていた相手に、

こうべを垂れて仲間に加えてもらおうというのだ。

隊の中には彼女に斬られて、その傷がまだ治らない者もいる。

陽気にふるまえるわけはなかったが、そんな彼女に対し、

当初アグリアスはむしろ好意的に接していたような気がする。

歳も近いし、同じ剣士で、女である。

アグリアスも本来いるべき場所を外れて共に来てくれた人だから、

わかりあうこともあるだろう。

実際、アグリアスと親しくなるにつれ、

メリアドールは少しずつ明るくなっていくようで、安心して見ていたのだが、

ある日突然、それが壊れた。

 

アグリアスがからかわれるとムキになりやすい、

ちょっと子供っぽい一面を持っていることは知っていた。

メリアドールはもう少し器用な人だと思っていたが、

敵対していた頃のあの頑なさはやはりそういう性格につながっていると想像できなくもない。

頭で想像はできても、それぞれひとかどの剣士であり、

それなりの家に育ってきた大人の女性二人が

本気で取っ組みあっている様はラムザの理解を絶していて、

初めてその場面に遭遇したときはしばらく止めることも忘れて呆然と見ていた。

あれ以来、女性というものに対する見方がちょっと変わった気がする。

 

それからというもの、二人は数えるのもいやになるほど頻繁に喧嘩をした。

大抵はメリアドールがちょっかいをかけたのが原因だが、

アグリアスの方から口火を切ることもあるらしい。

理由はいつも、呆れるほど些細なことだった。

普通に話している時もあるし、戦場で剣を並べればちゃんと戦ってくれるから、

本当は仲が悪いわけではないのかもしれないとも期待するが、

微笑ましく見守るには周囲の被害が大きすぎる。

 

「二人が喧嘩したおかげで、昨日のバトルじゃアグリアスの下着姿が拝めたんだろ。眼福眼福」

「そんな問題じゃない~!」

ごん、とふたたびテーブルに額をぶつけるラムザ。

元々、あまり酒に強いわけではない。突っ伏した顔の下から、眠たげな声をもらす。

 

「なんでだろ~……」

「……お前、本当にわかんないの?」

 

こちらはつぶれる気配もなく、何杯目かのジョッキを空にして、

酒臭い息の下からムスタディオがふと呟いた。

ラムザがむくりと顔を上げる。

「ムスタディオにはわかってるのか?あの二人が仲悪い理由」

「つーか、わかってないのは部隊でお前だけだ」

「えーっ!?」

衝撃の事実に、思わずラムザの背筋が伸びた。

「待ってよ、だったらなんで早く教えてくれないのさ!」

「お前が自分でわからなきゃ意味がないからだ」

「え~……」

伸びた背筋がふたたび弛緩して、亜麻色の頭が頼りなげに垂れる。

考え込んでしまったリーダーに心中で一つ溜息をついて、

ムスタディオは次のジョッキを傾けた。

 

 

宿の三人部屋でアグリアスは唸っている。

「むうううううううう」

「まだ収まらないんですかアグリアス様」

「いいかげんにしないと次は全剣技でどやされますよ」

傷は魔法で治せても、服にケアルはかからない。

ラヴィアンとアリシアに手伝ってもらって繕い物がてらの鼎談である。

メリアドールのマントはラムザが新調すると言っていたから、

向こうはこんなことをする必要がないだろう。

そのことも、アグリアスの不機嫌の一因になっている。

 

「だって、アグリアス様は鎧を壊されて、

今修理してもらってるんじゃないですか。おあいこでしょ

「むううう」

胸の内を見透かしたようなラヴィアンの言葉にも、唸り声が返ってくるだけである。

会話にならないので、ラヴィアンは相方に水を向け直した。

「でも大体、隊長のやり方も拙いよね」

「やきもちを焼かれてるのがわからないのは、男として問題よねえ」

「喋っている暇があったら手を動かせ、お前達。……誰がやきもちなど焼いているのだ」

そうすると案の定、アグリアスの方から乗ってきた。

 

「誰って」

「ねえ」

「それはアグリアス様とメリアドールさんは相性が良くありませんけど」

「最初はそれほどでもなかったのに」

「直接のきっかけはそれだって、みなさん知っていますよ。隊長以外」

「だっ……」

たちまち熱湯をかけたように赤くなるアグリアス。

この人はこれで自分の気持ちを隠しているつもりなのだから図々しい。

と、上司思いの部下二人は思っている。

 

「そもそも、昨日の一件にしたところが」

「柄にもなくプロポーション自慢なんか始めたのが原因じゃないですか」

「それも、隊長が胸の豊かな女性が好みだって聞いてきた途端に、二人して。はしたないですよ」

「でも隊長、真っ赤になってましたからね。結構ポイント上がったかも」

 

粛々と針を動かしながら、二人がかりで容赦なく追い打ちをかけていく。

あっという間にアグリアスは煮詰まってしまった。

「……も、もう寝るッ!残りは明日だ!と、灯心ももったいないしな!お前達も寝ろッ!」

一方的にまくしたてると、着替えもせずにベッドへ潜り込む。

放り出された繕い物を、ラヴィアンとアリシアは苦笑いしながら拾い集め、

それから悠々と夜着に着替えて、灯りを消した。

 

 

(初めて会った頃のラムザに似ている)

敵でなくなった彼女の、最初の印象はそんな風だった気がする。

信じていたものが覆り、どうしようもなくて剣を執った、そんなところが似ていたのだろう。

ただ彼女は当時のラムザのように塞ぎ込んではおらず、

毅然と顔を上げていて、そのためかえって、危うく見えた。

何となく放っておけないと思ったから、いつも気をつけるようにしていた。

ラムザの次くらいには、彼女の面倒を見ていたと思う。

ラムザの次なのだ。そのことが気にかかり出したのは、彼女がだいぶ明るさを取り戻し、

他の仲間とも普通に会話ができるようになってからのことだった。

 

(どうしてラムザはあんなに熱心にメリアドールの世話を焼くのだ)

自分が仲間になったときは、ラムザはあんなに親身になってくれなかった。ような気がする。

時も場所も事情もぜんぜん違うということはとりあえず考慮しない。

メリアドールの方も何かというとラムザにかまってもらいたがる。

そこら辺の者に言えばいいだろう、と思うようなことでも、わざわざラムザを探して訊きにいく。

こちらの方はアグリアスのひが目ではない証拠に、

ムスタディオが酒席で二人をからかったことがある。

何が面白くないといって、ラムザがまたそれを満更でもなさそうに相手していたりする。

 

何とかしたいが、何ともできない。別に悪いことをしているわけではないし、

そもそも何をどうしたいのか、アグリアス自身にもよくわかってはいないのだ。

そんな感じで何となく鬱々としていたところへ、ベルベニアで足止めをくった。

連日の長雨で、ドグーラ峠に土砂崩れが起きたのだ。

重苦しい雨で何をする気も起きず、

皆宿に押し込められて何となく気が塞ぎ、酒場でくだを巻いていた。

アグリアスも先日来のもやもやした気分を晴らそうとして、いささか深酒をしたらしい。

ふと宿を出ていくラムザの姿を目の端に見つけて、ふらりと席を立った。

 

別にラムザに追い付いてどうしようと思っていたわけではない。

メリアドールのことについて何か言ってやりたいと思っていたが、

具体的に何を言うべきかわかってはいない。

強いて言えば、ただ二人きりになりたかったのかもしれない。

とにかく、酔いに任せて歩き回るうちにラムザを見失い、

そのかわりにメリアドールと出くわした。

 

「アグリアス、ラムザを見なかった?」

 

最悪の第一声であった。

ラムザがしばらく戻らないので、彼女が心配して探しに来たのだが、

そんなことはアグリアスの知ったことではない。

よりによってなんでこいつに、という思いが声に出た。

「……ラムザがどうかしたのか」

メリアドールもそれなりに酔っていた。

アグリアスの言葉に露骨に含まれた棘に、この時は気付かなかった。

「さっきどこかへ出ていったまま戻らないのよ。心配で」

「なぜ貴公がそんなに心配するのだ」

ようやく、メリアドールはアグリアスの顔を見た。初めて見たような顔をして見た。

「ラムザは一人前の男だ。貴公がわざわざ心配する必要などない。

一人前の男なのだから貴公にばかり構っている暇もない」

頭の奥のどこかが油を引いたようになって、

言葉がそこで足を滑らせて一気に口まで飛び出してくる。

酔ったはずみで言葉が過ぎているのだということは二人ともわかっていた。

 

だがしかし、やはりメリアドールも酔っていた。

加えて、彼女には彼女でアグリアスに対し含むところもあったのだ。

笑って受け流すかわりに、ふてぶてしくアグリアスを睨み返した。

「一人前の男を心配してはいけないのかしら。

レーゼはベイオウーフを心配してはいけないの?」

「ベイオウーフはレーゼの恋人だ」

「ラムザは私の大切な人だわ」

人気のない闇の路地に、時ならぬ殺気が舞った。

 

「……何だと?」

地の底で回る石臼のような声を、アグリアスが出した。

「聞こえなかったの?私の大切な人よ」

実を言えばこの時点で、メリアドールにそこまで明確な気持ちがあったわけではない。

もののはずみでつい言ってしまったという方が正しかったが、

アグリアスに火をつけるという意味では、それは申し分ない効果があった。

「ふ、ふ、ふざけるなッ!!お前いったい何の権利があって…」

「何の権利がいるの。あなたの許可がいるとでも言うの。あなたはラムザの何なの」

「な、ぐ……」

 

一方のアグリアスには、メリアドールよりもさらに曖昧な気持ちしかない。

半年も一緒に旅をしてきてなお自覚すらない状態に留まっている不器用な頭では、

こんな場面で気の利いた切り返しなどできるわけもない。

月明かりでもわかるほど真っ赤になって言葉に詰まっているのを見て、

メリアドールは勝ち誇るように白い顎をそらした。

「あーあ、ホーリーナイトって言ってもそんなものなのね。無粋で頭が固くて、いやだわ」

メリアドールにも、アグリアスに対して思うところが確かにある。

ラムザが事あるごとに、彼女の話ばかりするのである。

確かな形こそまだ取っていないが、メリアドールも確かにラムザに好意を持っている。

弟の面影を重ねているのかもしれないし、屈託なく仲間に迎えてくれたからかもしれない。

その彼の口から他の女の誉め言葉ばかり聞いて、面白かろうはずはない。

何より彼女は、元々思ったことはずけずけと口にするたちであった。

果断な性格と鋭い舌鋒で娘だてらに剛剣を身につけ、

神殿騎士の一角に座を占めてきたのである。

ここに来てからはさすがにそうもいかず、

慎重に口をつぐんできたその鬱憤もだいぶ溜まっている。

そうした諸々が言わせた言葉であったが、結論から言えば失敗だった。

話を恋愛ごとからそらしたせいで、アグリアスの方に反撃の糸口ができてしまったのである。

 

「!……貴様、ホーリーナイトを侮辱したな」

消えかけた熾火を掘り起こすように、アグリアスの顔が上がった。

「事実だわ。あんな大雑把な剣技しか振るえない騎士なんてその程度よ」

「相手の装備品を壊すしか能のない、追い剥ぎまがいの下品な剣に言われる筋合いはない」

「なんですって…!?」

二人とも、燃え上がると周囲が見えなくなる性格は同じだった。

折しも、霧のような雨が降り出した。まとわりつく細かな雨滴が、

二人の体に触れるやいなや蒸発して湯気に変わる。

誰が止めても同じだったろうが、誰も止める者はなかった。

 

「剛剣は戦場で最も効果的に敵を弱体化させる合理の剣よ!撤回しなさい!」

「聖騎士の剣は女王陛下に捧げた神聖なる剣だ!暴言を詫びてもらおうか!」

「神聖が聞いて呆れるわ!その女王陛下を政争の真ん中に放り出して

こんな所でクダ巻いてるくせに!」

「ぬ…………!!ぬ、ぬ、ぬ、ぬかしたな、この寝返り者の神殿騎士ィッ!!」

「ねがッ……!!」

「大体、初めて見た時からお前は気に入らなかったのだっ!」

「私もよ!この鈍足騎士!!」

「くぉのおおっ!」

「やぁるかあっ!?」

 

用足しついでに街道沿いを軽く見回って、

戻りがけに不穏な騒音を耳にして駆けつけたラムザが見たものは、

雨の中、泥まみれになって取っ組みあう二人の騎士の姿だった。

 

 

オヴェリア女王の側を離れていることについては、

誰よりも彼女自身が心を痛めているのを、ラムザ隊の者は一人残らず知っている。

だからそのことには決して触れないのが隊の不文律だった。

メリアドールが今は仲間である以上、

過去のことにはできるだけ触れないのが礼儀であると皆が思っていた。

二人はいわば、誰も触れなかった最大の急所を、お互いに思いきりぶん殴ったのである。

それは腹の底から本音で語り合えるようになった、ということでもあるとラムザは考える。

あの晩の一戦以来、メリアドールは目に見えて変わった。

敵として対峙していた頃の剛然とした様子が戻り、確かな実力と遠慮のない物言いで、

たちまちのうちに皆の信頼を勝ち得ていった。

それも、アグリアスという喧嘩相手を得たからだと、ラムザは思っている。

だから、そう悪いことばかりではないと、そう思おうとするのだが。

 

 

「……アグリアス様?どうしたんですかぁ?」

「……思い出したら腹が立ってきた。やっぱり一発殴ってくる」

「知りませんよ~……ムニュ」

 

 

……やっぱり、悪いことの方が多い。

そう思い直したラムザが、眠い目をこすりつつ

オルランドゥ伯を起こしに行くのは数十分後のことである。

 

「くぉのおおっ!」

「やぁるかあっ!?」

 

~fin~

作者様サイト