FFT_SSの日記

インターネッツにあるFFTのSSや小説を自分用にまとめてます。

【FFT SS】アグリアスさんのデート指導

 

「アグリアスさん、お願いします!僕に、『女性』の事を教えて下さい!」

 

 

顔を赤くしながら、ビシっと腰を90度に頭を下げるラムザくん。

言われた方のアグリアスさんも、ぼんっ、と真っ赤になってしまいます。

さて、なんでこんなことになったのでしょうか。

 

ぽかぽかと気持ちのいい朝。ラムザ隊は現在休養期間で、ここウォ-ジリスで骨を休めています。

宿での朝食を終えて、さぁ剣でも振ってくるかと席を立ったアグリアスさん、ラムザくんに突然お散歩に誘われました。

これがムスタやラヴィアンやアリシアだったりすれば問答無用で逆に稽古に付き合わせるところですが、お相手がラムザならば話が違うようで、

むぅ、とちょっぴり頬を染めると、「しばし待て、剣をおいて来る。」と言うが早いが部屋に走り込み、光の速さで湯を浴びて身を清め香水をつけて下着を変えまたもとの服に着替えて階下で待つラムザの元へ。

しばらく街を歩きながら落ち着いた会話を交わすお二人。最近は隊の人数も増え、忙しくなったラムザとはめっきりお話もできませんでしたから、久々の願ってもない状況にアグリアスさんウキウキです。

ぷらぷらといろんなとこを見てまわりながら、小一時間も経ったでしょうか。

ふと、話すのを止めてしまうと、何かを決しかねているように黙りこむラムザくん。

アグリアスさんも(こ、この状況はひょっとして…)、などと期待をして、辛抱強く待ちます。

否、本人は待ったつもりでしょうが、もののニ分で我慢ができなくなって催促をしてしまいます。

「ラムザ…、どうかしたのか?」

ビクリと立ち止まるラムザ。その隙にさささ、と髪の乱れを直すアグリアスさん、告白待ちの状態です。

そして意を決したラムザくん、振り向いて言った言葉が……。

 

さて、もっと乙女チックな愛の告白を期待していた純情アグリアスさん。

ラムザのあまりの大胆さに驚くやら恥ずかしいやら、ちょっぴり嬉しいやら、とにかく戸惑ってしまいます。

だいぶ間をおいて、やっとのことで口から出た言葉は、

「こ、こ、ここでか?」

などとひとり悶々としてしまいます。

(な、何てこと、こんな誰が見てるかも分からない場所で…、ラムザそういうのが好きなのか?

どうしよう、ラムザ以外の人に見られるなんて…いやだな……。…でもラムザがそうしたいなら…いいか、な?)

すっかり舞い上がってしまっているアグリアスさん、でもラムザくんはちょっとそういう雰囲気ではないようで、

頭をポリポリとかきながら恐る恐る言葉を続けます。

「ここで?いえあの、じ、実はですね。昨日メリアドールさんに、そ…その、告白をされまして…。」

ピクリ。

場の空気が豹変した事に気付いていないラムザ。

「それで僕もその、お受けすることにしまして…。」

プチッ。

「それで…ア、アグリアスさん?あの、聞いてますか?」

うつむいたまま、ふるふると肩を震わせるアグリアスさん。ラムザが心配して近付くと、

「……こ、この不埒者があああぁーーーー!!」

歯を食いしばる間もなく、ラムザのアゴに食い込むアグリアスさんの右アッパ-。

脳が揺れてる三男坊、何があったのか把握できません。

そこに追いうちをかけてマウントポジションをとるアグリアスさん。

ラムザの胸元をむんずと掴むと、ブンブンと振り回しながら怒鳴り付けます。

「きっ貴様今をどういう時期だと考えている!戦況も激化し、皆不安なのに命をかけて貴公を信じてついてきてくれているのだぞ!

その指導者たるお前が、よりによって女とイチャイチャするとはっ、許せん、裏切り者!浮気者!!」

アグリアスさん自分の事は棚上げで、後半が大分脱線してるようですが当のラムザくんは脳が揺れる揺れる。

アグリアスさんが落ち着いた頃には、ラムザは上から自分の身体を見下ろしてました。

 

 

 

ようやく復活したラムザくん。

アグリアスさんもまだ御立腹のようですが大分落ち着いた様子。

「…それで、その、話の続きをしてもよろしいでしょうか?」

「……うむ。」

「昨日、『この休養期間のうちに一度デ-トでもしましょう』とメリアドールさんがいってくれまして。」

「……………うむ。」

「でも、僕は、恥ずかしいんですけど女の人とそういうおつき合いをした事がまるでないもので、なにをどうしたらいいのかさっぱりでして…」

「…私に交際の助言をしろ、とでもいうのか?女々しい!こんな非常時にそんな考えをしている輩の事など、知らん。」

プイとそっぽを向くアグリアスさん。

思わず可愛い仕種にラムザもドキリ。しかしそこは気を取り直してベオルブ家の根性で粘ります。

「…でも、こんな時だからこそ自分に素直に生きる、という事も大切なんじゃないでしょうか…。」

まっすぐに見つめられて、アグリアスさんもつい心が弛んでしまいます。

「バッ、だからといって私に聞くな。ムスタディオにでも聞けばいいだろう。」

「ム、ムスタディオは…でかけてまして…それに彼はおしゃべりですから、

そうするとアグリアスさんにしかこんな恥ずかしい事頼めませんし…」

ピクリ。

私にしか頼めない?ラムザが私を頼りにしてる?ふふふ…しょうがないやつだな。

しかし、私だってそんな知識などないのだが……

あ。

「…いいだろう、教えてやる。」

「え、本当ですか!よかった、アグリアスさんありがとう!」

「ではまだ陽も高いし、これから行こうか。」

…ふふふ、たっぷりと教えてやろうではないか。

…メリアド-ルが呆れてしまうぐらいな。

無邪気に喜んでるラムザを他所にアグリアスさんには何やら策があるようです。

はてさて、どうなる事やら。

 

 

 

「あの…アグリアスさん。」

「大漁だったな。まさかあんなところにハイドラが出るとは思わなかった。」

「…アグリアスさん。」

「ハイドラとうりぼうか、この二匹は何と交換してもらえるんだったかな?」

「アグリアスさん!」

ドサドサと、背中に背負ったモンスターの死骸を落とすと、耐えきれなくなったように叫ぶラムザくん。

それもそのはず、ついてこい、といってアグリアスさんが向かった方角はなぜか街の外。

首をかしげながらもついていくと、とうとうモンスターに遭遇。

そして待ってましたといわんばかりに密猟をするアグリアスさん。

獲物に満足し、ラムザに獲物を持たせるとさっさと街に帰り出してしまう始末。

「おかしいでしょ!なんでデ-トのことを教えて下さいっていったのに狩りに行くんですか!」

「狩りではない、買い物だ。そら、ラムザちゃんと持ってくれ。

買い物では男が女の荷物を持ってやるものだぞ。」

しれっ、と答えるアグリアスさん。

ラムザくん、当然ですがいまいち納得できません。

(そうかもしれないけど、なんだか全然違うような気も…、大体剣はおいてきたんじゃなかったのか?)

そしてその後もアグリアスさんの危ない指導は続きます。

 

「見ろ、ラムザ。」

「…アグリアスさん、こんな物騒なところ歩かないで下さいよ。」

「いいから見ろ、こんなところに武器屋がある。」

「はぁ…。」

「こういうへんぴな所にある店は穴場だ、珍しいものを売っている事が多い。」

「…それで。」

「こういうところを見つけておいて連れて行ってやると喜ばれるぞ。」

「…武器屋にですか?それより、あっちにおしゃれな服を売ってる店がありましたけど。」

「却下だ。」

 

 

「…ラムザ、ここは道場のようだな。」

「そうですね。」

「なかなか強そうな連中がいるじゃないか。」

「…あの。」

「腕試ししたくならないか?」

「なりませんけど…。」

「看板、とってあげたら喜ばれるぞ。」

「…本当ですか。」

「本当だとも、強い男は好かれる。」

「…じゃあ、今度また…」

「行け。」

「うーん、本当に強い連中だったな。」

「ア、アグリアスさん、待って…。」

「どうしたラムザ。」

「…いえ、きゅ、休憩を。」

「しょうがないやつだな、大したケガもなかったのに。」

「……デ-トって、大変、なんですね…。」

膝に手を当てて息を切らすラムザを見て、アグリアスさん心の中でほくそ笑みます。

(ふふふ、これだけデタラメを教えてやれば、まずメリアド-ルの印象も下がるだろう。

そして傷心のラムザを私が慰めてやれば、彼の心は私のもの…。

辛いだろうけど、それは浮気の報いだ、今は我慢するのだなフフフ。)

自らの策がうまく(?)いっていることに満足するアグリアスさん。

けれど、二人の後ろにもまたほくそ笑んでいる人影がいる事には気付いていませんでした。

 

 

「ふふん、予想通りねアグリアス。あんたの単純思考はお見通しよ。」

物陰から二人を見やりながら、ほくそ笑むメリアドール。

どうやら最初から尾けていたようです。

(あんたのことだから、ラムザに妙な事を教えるだろうと思ったわ。せいぜい、いい気になってるがいいわ。)

したたか者のメリアド-ルさん、何を企んでいるのでしょうか。

 

 

ラムザがアグリアスさんを散歩に誘う前の晩のことでした。

窓から入る気持ちのいい風を感じながら、ラムザが自分の部屋で剣の手入れをしていると

コンコン

丁寧なノックが二つ。どうぞ、と声をかけると、入って来たのはメリアド-ルさんでした。

「こんばんはメリアドールさん、どうかしましたか。」

隊に入ってからまだ日の浅いメリアド-ルは、元神殿騎士という立場からか、余り隊に馴染めません。

そういったことで、普段話をする相手も限られていたので、ラムザは彼女の訪問に別に驚きもしませんでしたが、

今夜はどうも様子が違うみたいです。

「今晩は、ラムザ、ちょっと入らせてもらってかまわないかしら。」

「どうぞ、こんな状態のままで失礼します。」

ラムザはにこにこと話していましたが、メリアド-ルさの真剣さに気付き少し表情を引き締めます。

メリアドールは音もなくドアを閉めると、ラムザとテ-ブル越しに向かい合って座ります。

ラムザは彼女とは目を合わせず、剣を見つめながら黙って彼女の言葉を待ちます。

(…これは除名の相談かも知れない。無理もない、彼女はルカヴィとはいえ、父親と闘わなければならなくなる…。それが正しい決断なのかも知れないけど…)

隊の長として、鋭く細やかな考えを巡らせるラムザ。

 

が、

 

「………ラムザ、あなた、わたしのこと…好き?」

「ほぇ?」

予想もしてなかった言葉に、素頓狂な声をあげるラムザ。

そんなラムザはお構い無しに、メリアドールは情熱的な目つきでラムザの手をギュッと握ると、

「ラムザ!わたし…貴方のことが好き、大好きなの!もう、毎晩眠れないぐらい好きなのよ!いつも貴方のこと夢に見ちゃうの!

ねえお願い、私のことも好きになって、わたし何でもするから!」

テーブルを越えてラムザに抱き着くメリアドール、その勢いで後ろに倒れこむラムザ。

「まぁ……。」

倒れた拍子にはだけた部屋着から、ラムザの素肌が覗けているのを見て頬を染めるメリアさん。

「ラムザ、ステキ…。」

「ちょちょっ、ちょちょちょ!ちょっと、ちょっとまって、メリアドールさん!」

メリアドールがスルスルと胸に手をいれようとすると、流石にラムザも状況を理解します。

「い、いいいきなりこんなこと、駄目ですよ!」

「あら、うふふいいのよ、よくいうじゃない。愛があればって。」

「そ、そうじゃなくて!僕好きな人がいるんです!だから、だから…貴方とこういう事は、できない…。」

 

しばしの静寂。

メリアドールはしばらくの間、悲しそうな目でラムザを見下ろしていました。

やがてすっと立ち上がると、普段は見せない長い髪をかきあげながら、

「アグリアス?」

ラムザもメリアド-ルと向き直り、はい、と静かに答えます。

クス、と自嘲気味に笑うと椅子に腰掛け直すと、ゆっくりと足を組むメリアドール。

 

 

「大丈夫よ、わかってたことだから、ダメ-ジ小さいわ。」

「ごめんなさい。」

「いいってば、ところでアグリアスに気持ちは伝えたの?」

「い、いえ、まだです。」

「やっぱり、どうして?」

「アグリアスさんは、僕のことをそういう風に見てないと思いますし…。」

「それだけ?」

「……アグリアスさんも僕もそんな場合じゃないですから。」

メリアド-ルはまた可笑しそうに笑います。

「あなた達ってほんとお堅いわね、でも明日どっちかが死んじゃったらどうするの?」

「……後悔、すると思います。」

「ほら、それなら私みたいに正直になった方がいいわよ。」

「そうですね、そうなんでしょうけど。」

「…まぁ、確かにアグリアスじゃあ、隊の風紀が-!とか言い出しそうだものね。」

ラムザもそれにうなずくと、ははは、と疲れた笑いを見せる。

「……うーん、じゃあさっ、アグリアスの気持ちも分かるし、

彼女の好みもわかっちゃういい手があるんだけど、どうかな?」

「え!?ホントですか?」

思わず顔色を変えるラムザ、メリアドールもそんな素直な彼が愛おしかったり、ちょっぴり小憎らしかったり。

 

「ほんとほんと、簡単よ。アグリアスにデ-トの仕方を教えて下さいって頼めばいいのよ。」

「え…!そ、そんなこと頼むんですか。」

「それでね、アグリアスが悲しそうだったりしたら、ラムザに気があるのかも知れないでしょ。」

「うーん、なんだか、女々しいっ!とかいって殴られそうな気もしますけど。」

「あはは、そうかもね。でもまぁ、あなたが頼み込めばよっぽどのことでもない限りアグリアスも教えてくれると思うわ。そうしたらアグリアスの好みも分かるでしょ。」

「…そうですかねぇ。」

「それで、うまくいきそうだったら改めてアグリアスに告白しなさいな。名案でしょっ?」

「…なんだか随分強引な作戦のような気がしますが。」

「大丈夫よ!ほら、お酒でも飲んで勢いつけなさい!」

「メ、メリアドールさん僕お酒は、ング、ン…う、あ……頭が…。」

どこから出したのか、メリアド-ルに強引にワインを飲まされると、ひとくちでコテン、とベッドに倒れるラムザ。

ラムザに布団をかけると、そっと部屋を出ていくメリアド-ル。

(キーッ!やっぱりアグリアスだったわね、見てなさいよアグリアス。ラムザは私のものなんだから…。)

嫉妬の炎に瞳を燃やすメリアドール。

ぐっ、とワインを飲み干すと、彼女も床につきました。

 

 

 

 

(…アグリアスさん、やっぱり僕のことなんかどうでもいいのかな…。)

ラムザは疲れた頭で考えていました。

(結局オヴェリア様の為だけに僕と行動を共にしているのかな。

メリアドールさんが言ってたみたいに、教えるのを嫌がる素振りもないし…。

…大体女の人って本当にこんなデートが好きなのかな。本当に、アグリアスさんは……)

「…アグリアスさんも、こういうのが好きなんですか?」

募る不安に耐えきれず、ずっと押し殺していた疑問が、無意識にラムザの口をついて出ます。

「えっ?あ、も、もちろん好きだとも。好きな男とこういう事が出来たら、理想だな。」

「え、アグリアスさん、好きな人…がいらっしゃるんですか?」

「なっ、そ、そんな事貴公には関係のないことだろう!」

「………そうですね………、すいません。」

…?ちょっと言い方がきつかったかな…。

予想外の話を振られて、つい焦ってしまったアグリアスさん。

息が整ってもまだうつむいてるラムザを見て、ちょっと不安になります。

「…ラムザ?少し休もうか。」

「……………」

「あ、そこに店があるな、何か飲んでいこう。」

あわてて指差した先は、人気のない酒場でした。

「おぅいらっしゃい、なんにするんだい。」

夕暮れ時なためか、それとも人気がないのか、店には客の姿はほとんどなく、マスターが親しげに声をかけて来ます。

「そうだな、何か冷たいものをふた」

「ワインをください。」

 

 

アグリアスさんの言葉を遮るラムザ。目が座っています。

「お、おいラムザ。」

「あいよ、赤白どっちだい。」

「なんでもいいです。早く。」

へいへい、とマスターがグラスに注ごうとすると、ラムザは瓶を彼の手からひったくり、そのまま一気に飲み干してしまいます。

「ラ、ラムザ…。」

「おぃおぃ…、無茶な兄ちゃんだな。」

ドン、と空になった瓶をカウンターに叩き付けると、唖然としているアグリアスさんに向き直るラムザ。

その顔には満面の笑みを浮かべています。

「アグリアスさん、今日は本当にありがとうございました!」

「……え?」

「今日教えてくれた事、デタラメだったんでしょう?それくらい、僕にも分かります。」

「いや、それは…。」

「僕が馬鹿だったんです、初めから、よくよく考えれば分かる事だったのに。恥ずかしいです。

嫌だったんですよね、それなのに一日中付合ってくれて、本当に嬉しかったです。もう充分です。」

「ラムザ、ちがう…。」

「大丈夫ですよ、明日にはすっかり元気ですから。だから…、今日はもう、帰ります。」

「ラムザ、何をいってるんだ。」

「すいません、デートの帰りには女性を送るのがマナーですよね、せっかく色々教えてもらったのに…まったく…、身に、ついてな……ぃ、……。」

フラリ、と後ろに倒れかけるラムザ。慌ててその肩をそっと支える手。

けれどその手はアグリアスさんのものではありません。

「メリアドール!?ど、どうしてここに。」

「香水を買い足しに行った帰りだったんだけど、さっきあなた達がこの店に入るのが見えたから、声をかけに来たのよ。

あなた今日はラムザと一緒だったのね。彼、どうしたの。」

「そこの瓶を飲み干した、とめる間もなかった。」

「無茶するわね、ラムザ歩ける?…だめね、背負っていかなきゃ。」

「あ、私が運ぼう。」

「いいえ、私が運ぶわ。」

差し出された手をパシリと払い除けるメリアドール。アグリアスさん、その思わぬ態度に驚きます。

「いや、ここに連れて来た私にも責任が…。」

「いいのよ、アグリアス。彼は私の大事な人だから、運ばせて。」

きっぱりと言い張るメリアドール。

微笑んではいますが強い意志を秘めた目に、圧迫されてしまうアグリアスさん。

彼女が出ていった後も、マスターの「追っかけなくていいのかい?」という言葉も聞こえず、

呆然と立ち尽くしていました。

 

宿が見えた頃、ポツポツと雨が降り出して、ラムザの顔を濡らしました。

「ぅ………。」

「ラムザ?気がついた?」

「…メリアドールさん…?ここは…。」

「もうすぐ宿につくわ、見えるでしょ。あなた大酒飲んで倒れたのよ。」

「…降ろしてくれます?」

メリアドールは素直にラムザを背中から降ろすと、自然な仕種で肩を貸し、

彼もまたそれを素直に受け、ふらふらと千鳥足で歩き出します。

「…アグリアスさんは?」

「アグリアスは…………先に帰ったわ。」

「君が背負ってくれてたんだ、ありがとう…。」

「どういたしまして、こっちがお礼をいいたいくらいよ。」

 

 

ラムザは力なく笑うと、空をあおぎ見る。

「メリアドールさん、作戦うまく行かなかったよ…。」

「…ごめんね、へんなことやらせちゃって。うまくいくとおもってたんだけど。」

「いいんだ、君のいう通りだった、さっぱりしたよ…。」

「…そう。」

「うん、明日からは、また元通りだよ。」

「……ねえ、ラムザ。」

「うん。」

「よかったら、もしよかったら…明日、今度は私とデ-トしない?」

「……。」

「その、気がまぎれるかも知れないし…元気出ると思うわよ。」

「…そうだね、いいよ。きっと…行くよ。」

「本当!?じゃあ、明日の夜、川のほとりで待ってるから…。」

「わかった。」

「…よかった、あら、もう夕食の時間みたいね、ラムザ急ぎましょう。」

「…あぁ…、ありがとうメリアドール…。」

メリアドールは肩にかかるラムザの重みに酔いしれながら、ふっと微笑します。

(……ふふ、これで彼の心も幾分私に傾いたはずだわ、悪いわねアグリアス。まったくあなた想像以上にうまく動いてくれたわ。

ごめんねラムザ、でも辛いのは今だけだから…ね?)

ちょっぴり罪の意識に胸が痛みながらも、企みがうまくいった事、そして

ラムザがいつの間にか自分に敬語を使わなくなった事に、メリアドールは心を踊らせていました。

 

 

 

ー翌朝ー

アグリアスさんは何となく部屋を出るのに気がひけました。

昨日の悲しそうなラムザにかける言葉が見当たらなかったのです。

でもいつまでも部屋にこもっているわけにもいかないし、

第一勘のいいラムザなら自分がいない事にすぐ気付いて、不要な心配をしてしまうだろう。

不安を抑えて階下におりるアグリアスさん。すると、食堂から明るい声が聞こえて来ました。

ラムザはまったくいつも通りの彼でした。

やわらかい物腰で人に接し、それでいてなんだかとぼけた印象で、相手を安心させてくれます。

朝から御丁寧に、仲間の一人一人に声をかけているのもまったくもっていつも通りです。

実際彼はあまりに普段通りで、アグリアスさんには昨日のことが嘘のようにすら感じられました。

でも、遠目に見えるその背中が、何故かいつもより小さく頼り無げに見えて、彼女は少し落ち着きません。

その内に、隅っこで一人で朝食をとっているのをラムザに見つけられます。

「おはようございます、アグリアスさん。」

「お、おはようラムザ。元気そうだな。」

「えぇ、昨日はお酒が回ってよく寝てましたからね。」

アハハと笑うラムザ、どうしてかその笑顔がどこか怖くて、アグリアスさんはうまく笑えません。

「そうだ、今日は昨日の道場に看板を返しに行くんですけど、アグリアスさんも御一緒にどうですか。」

「え、あ、わたっ、私は…」

「あはは、冗談ですよ。僕だけで謝って来ますから、それじゃ。」

そういうと、また寂しげな背中を見せてラムザは去っていってしまいました。

ラムザが行った後も、しばらくアグリアスさんはボーッと彼の去った方向を見つめていましたが、

やがてガガガ、と隣の椅子を引きずる音にハッと気付きます。

「…お前は…、出かけていたんじゃなかったのか。」

 

 

陽も沈んだ宵の口、ラムザは自室でグラスに注いだワインを片手にみつめていました。

キレイな色だなぁ…、と無意識に独り言、考えてしまうのはアグリアスさんのことです。

(…なんて諦めが悪いんだよラムザ=ベオルブ。はっきり気持ちが整理できてよかったじゃないか。

うまく行かない事なんて慣れっこだろ、メリアドールさんに悪いと思わないのか。)

皆の前ではなんとか気丈に振る舞えましたが、独りの時はそうもいかず、

ズルズルと気持ちを引きずってしまっている自分を叱咤しながら、グラスを口に近付けるラムザ。

酒の匂いが少し鼻を刺すだけでクラッとしてしまい、飲めたものではありません。

飲めない酒を弄びながら、グラスに映る自分の顔がなんだかひどく情けなく見えます。

(おまけに酒も飲めない…か。)

急に涙が出そうになるのに気付き、慌てて口元に力を入れるラムザ。

(そろそろ約束の時間か…その前に、少し頭を冷やさないと…)とグラスをテ-ブルに置きます。

ココン

突然のノック。考え事に浸っていたラムザは、あまりに驚いて、なぜかグラスの酒を飲んでしまいます。

(んむ!し、しまった…、に、苦い……。)酒に悶えるも、慌てて来客に応対するラムザ。

「ど、どなたですか?」

ドアから聞こえて来る声に、ラムザのフラフラの頭はさらに混乱してしまのですが。

「アグリアスだ。…ちょっと、いいか?」

「え…………!あ、あの、何か御用ですか?」

「うむ、その…とにかく入れてくれないか。」

あわてて頬を擦り、顔の赤みをごまかすラムザ。

アグリアスさんを部屋に入れるのは初めてのこと、しかもさっきまで想っていた相手ともなれば、自然と緊張してしまいます。

それでもなんとか笑顔を取り繕い、いつもの自分のつもりをよそおいます。

「どうぞ、出発の日程の相談ですか?

急に大勢のジョブチェンジをしましたから、もう少し時間を取りたいんですが…。」

「違う、昨日のことだ。」

アグリアスさんの口調は決然としたものでした。

 

「…そのことでしたら、僕はもう、」

「今日、デ-トするんだろう?メリアドールと…。」

「え…、えぇ。どうして…それを。」

「そ、それなら、今度はちゃんとデートのマナー…教えてやる。」

「ちゃんと…って、そんな、」

「まだ時間はあるんだろう?」

「え…ちょ、ちょっとアグリアスさん!」

アグリアスさんはラムザの制止も聞かず、つかつかと彼をのけて部屋に入ると、椅子の前で立ち止まります。

「………?」

「…ラムザ、女性が席につく時は椅子を引いてやるのが、マナ-だぞ…。」

ラムザはアグリアスさんの背中を見つめたまましばらく黙っていましたが、ふぅ、と溜め息のような声を出すと、

コツコツと歩み寄り、そっと椅子を引いてやります。

よし、と腰掛けるアグリアスさん。しかし、彼は椅子の背に手をかけたまま。

どうした、とアグリアスさんが振り向こうとすると、

 

さら…

彼女の絹のような髪をかき分けて、肩に置かれる手の感触。

「アグリアスさん。」

「な…なにかな。」

「…変な事を言っても構いませんか?」

「………?」

「……白状しますけど、メリアドールさんの告白を承諾したって言うのは…嘘、です。」

「…………。」

「……でも彼女が言ってくれたんです。自分の気持ちを大切にしろって。

それで…、あんなことをしました。アグリアスさんが、僕のことをどう言う風に見てるのか…、

どうしても知りたくて、……すいません、傲慢な話ですけど。

…その、本当に昨日のことは、もう気にしないでほしいんです…。

アグリアスさんが教えてくれてる事がムチャクチャだっていうのは、最初から、多分わかっていましたから。

だけど…それでも、あなたに引っ張り回されてるのがどうしようもなく嬉しくて、黙ってたんです。」

 

淡々とそこまで話すと、ふっと息をつぐラムザ。

「アグリアスさん、僕はあなたのことが好きです。

でも僕には、あなたが僕のことを信じてついて来てくれているということだけで、十分すぎるほどです。

これ以上望もうなんて、罰当たりな事、思ってませんから…。」

「ラムザ…。」

「………あーっ、スッキリした!アグリアスさん、聞いてくれてありがとう!」

アグリアスさんは肩に置かれた手をそっと握り、ラムザを見上げます。

そこには嘘のない、眩しいほどの笑顔がありました。

アグリアスさんは、ラムザの言葉のひとつひとつを、慎重に聴いていました。

ドキドキと早鐘を打つアグリアスさんの胸の一番奥で、段々と確信へ変わってゆく、淡い期待。

(…ラムザは私のことが好きなのかも知れない…)

だから、屈託のない笑顔で彼が続けた言葉は、無慈悲にも胸の一番奥を傷つけます。

「ですから、どうかアグリアスさんも心の中のその人と幸せになって下さい!」

 

グバキッ

瞬間矢のように、ラムザの頬をえぐる黄金の左。

ハァハァと荒い息を立て、椅子を思いきり払い飛ばすと、カッカと頬を火照らせながらラムザにつめよるアグリアスさん。

思わず目をつぶるラムザ、けれど感じたのは予想した顔への痛みではなく、鼻をくすぐるやわらかい髪の感触。

ラムザはアグリアスさんに、ギュウっと抱き締められていました。

彼女はラムザの首にかじり付きながら、唖然としている彼に向かって興奮気味に一気にまくし立てます。

 

 

「馬鹿!!阿呆!なんでそんな所だけ大人ぶるんだ、なんで身を引こうなんて思うんだ!

どうして諦めるんだ!!私が好きなら、奪ってやろうとか思わないのか!

そんな程度にしか好きじゃないのか!!」

「………え…、でもアグリアスさんに、他に好きな人がいるなら…。」

「いるか!そんなもん!!私が好きなのはお前だけだ、馬鹿!」

「……………え。」

「そうでなきゃ、あんな事教えてデ-トの邪魔してやろうなんて思うわけ、ないでしょ!!この鈍感男!」

「…………ふぇ。」

もどかしくて、たまらず泣きそうになる顔をラムザに押し付けるアグリアス。

やがて、腕にラムザの手がそえられ、そっと体を引き離されました。

ラムザは真剣な、それでいてとても優しい目で彼女を真すぐに見つめます。

アグリアスは真っ赤になり、目を逸らしたくなりましたが、どうしてもラムザがら目を離すことができません。

「アグリアスさん。」

「な……なんだ…。」

「本当に…本当に、僕のことが…好きなんですか。」

「な、何度も言わせるな、そんな事…。」

「……………。」

「………好きだ…。お前のことが、その…と、とても……んっ、んんーっ!?」

不意にラムザに唇を塞がれるアグリアス。

初めこそ戸惑いから少し抵抗したものの、次第に唇に伝わる熱とその幸せな味にうっとりとし、

彼の首に手をかけると、つかんだ幸せを逃がさないように自分も唇を押し付けていきます。

 

 

長く甘いキスを交わすふたり。

至福の時間、思わずアグリアスの頬をつたった涙に驚いて、そっと顔を離すラムザ。

え…、と熱っぽい表情で、名残惜しそうな上目遣いをする彼女をみて、ふっと微笑むと、

今度は彼が彼女を胸に押し付け、優しく抱き締めます。

「良かった…。」

「……え…?」

「…良かった、嬉しいよ、僕嬉しいよ。アグリアスさん。」

「……うん…。」

「今までの生きてきて、それにこれからも…、どんな時よりも嬉しいよ…。」

「…それは早とちりだな…。」

「………嬉しいよぉ……。」

 

何度も同じ言葉をくり返すラムザ、どうやら泣いているようでした。

彼女は、彼の温もりを感じながら、子供をあやすように優しく頭を撫でてやります。

その行為にふけりながら、アグリアスは自分の心がゆっくりと安らいでいくのを感じていました。

 

 

 

いつの間にか、夜の黒はめっきり濃くなり、小さな燭台の光が、抱き合うふたりの影を壁に描きます。

ふたりをとりまく空間は、まるで一枚の絵画のように美しく、清らかなものでしたが、

不安な気持ちがちょっとほぐれすぎたアグリアスさん、今度はだんだん悶々としてきてしまいました。

ラムザの胸……熱くて火傷しそうだ……それに…やわらかい……ラムザの鼓動を感じる……。

ラムザに直に触れたい……もっともっとラムザを感じたい………。

ラムザは、身に余る幸福にうっとりとしていましたが、

胸元で、もそもそとアグリアスさんが動くのを感じて、ふと身体を離すと、

「……うわっ!ア、アグリアスさん、ちょっ、ちょっと待って!」

「……え?」

無意識にチュニックの留め金を外し、服を脱ぎかけていたアグリアスさん。

途端に、かぁっ、と真っ赤になります。

「なっ…!ち、ちがう、これはお前の身体が熱いから…、いや、だから…、

そ、そうだラムザ!女性が羽織ものなどを脱いだら、男が受け取ってやるのもマナーだぞ!」

「は、羽織ものって、アグリアスさんその下、何も着てないじゃないですか!早く着て下さいよ!」

はだけた服の隙間から視界に入る、大きなふくらみに思わず目をそむけるラムザ。

そんなラムザの態度でアグリアスさんもいっそういたたまれなくなります。

ついには引っ込みがつかなくなって、う、うるさい!とラムザをベッドに向かって放り投げると、

「事のついでだ!ベ、ベベッドマナーも教えてやる!!」

 

間髪いれずに、ベベッドマナー!?と驚いているラムザを押し倒し、ドタバタと組み合った末にマウントポジションを陣取るアグリアスさん。

濡れた瞳で、情熱的にラムザを見つめると、ゆっくりとおおいかぶさっていきます。

が、

「ア、アグ、あぐ、アグリアスさん!ここここんなの、いきなり変ですよ…。その、こ、心の準備が…。」

純真ラムザくん、慌てふためいてつい、半端な笑みを浮かべてしまいます。

その表情に、顔を曇らせるアグリアスさん。

「……ラムザは…、わたしと、こういうコトをするのは…いや……、なのか…?」

ああ、

なんという事でしょう、恋する乙女には誰もかないません。

ラムザは先ほどの緊張はどこへやら、あっさりと落ちてしまいます。

ガバッと起き上がり、彼女の腕をつかむと、

「そんなことないです!そんなこと、あるわけないでしょう!!ただ!ただ、その…いきなりでしたから…。すいません…。」

「…ラムザ……。」

はにかんだ笑顔を見せると、すっ、と目を閉じて顎を心持ちあげるアグリアス。

ふたたび、今度はなだめるような、触れるだけのキス。

想いの通じ合ったふたり、その間をはばむものは何もありません。

やがてアグリアスはそっと衣服を脱ぎ、ラムザの服のボタンに手をかけると、

 

 

ガンガンガンガン!!

 

ふたりの世界に突如響き渡る、乱暴なノックの音。

その邪魔者が響き終わるか終わらないうちに、

アグリアスさんは、グワシャーンと豪快な音をたてて窓を突き破っていました。

ポツンと取り残された哀れラムザ、 残ったのは彼女の青い服と、先ほどまでの温もりだけ。

半開きに開いた口が塞がりません。

やがて、ハッと気がついたように、ドアをあけるラムザ。

そこには、なぜか横を向いている親友の姿がありました。

「……ムスタディオ……?」

「え…、おぉ、ラ、ラムザ元気か。ひょっとして、もう寝てたのか?」

「…………なにか用かい。」

「いやー…用っていうか…、あ、そう。酒でも飲まないかな-…なんて、はは。」

「………僕はお酒飲めるんだっけ……?」

「……や、その…まぁ、とにかく下来ないか?ホラ、ジジ…、オルランドゥ拍が腹踊りして」

カチャン。

 

 

はぁーー…、ととても疲れた溜め息を一つ。

ベッドに腰掛けると、カクンと頭をうなだれるラムザ。

それでも、先ほどまでの出来事を思い返すと、自然と口元がゆるみだてしまいます。

顔をあげ、くっ、と伸びをしてその長身をベッドに横たえると、

アグリアスさんの残り香の中で、そっと静かな眠りにつきました。

外では、アグリアスさんが寒さに耐えながら、ラムザが自分の服を投げてくれるのを待っていたのですが、

幸せなラムザの腕にしっかりと抱かれた服が、戻って来る由もありませんでした。

アグリアスさん、明日は風邪で療養の一日となりそうです。

 

 

 

 

 

「ラムザ…なんでこないのよ……、馬鹿……。」

 

宿の裏を流れる、小さな、澄んだ川。

その川のほとりでメリアド-ルは、チャポンチャポンと川に小石を投げ込みながら、

ラムザを待って、ひとりうずくまっていました。

約束の時間は既に15分ほど前。

その上、昨日のラムザの様子なら絶対にきてくれる、と意気込んでんここに来たのは時間より30分も前。

ちょっぴりおしゃれな格好は、この季節にはちょっと見合わない薄張りのもの。

彼女の身体は冷えきっていました。

はぁ…、とひと際白い息をはくと、

さく…

と、草を踏み締める音。ふふ、とメリアド-ルは微笑みます。

(なんていってあげようかしら、きつ~い一言を、ううん無視した方がいいかな。

でもやっぱり優しく微笑んであげるのもいいわよねぇ…)

ラムザへの態度をあれこれと考えるメリアド-ル。しかし彼女の反応は、そのどれでもありませんでした。

なぜなら、彼女にかけられた声はラムザのものではなかったからです。

 

「よぉ、メリアドール。」

思わず振り返るメリアド-ル。

そこにいたのは、髪を結んだ悪戯っぽい笑顔の青年でした。

「……ムスタディオ…なにか用かしら。」

平静を装いながらも、彼女は心の中でフンと鼻をならします。

(またこの男…、いつもいつも無神経に私の前にあらわれる。

私がここに来た時もそうだった。みんなが私を遠巻きにしている中で、いきなり私を呼び捨てにしてきた。

銃の腕は大したものだけど、図々しさも人一倍ね。

本当に嫌なやつ、あんたなんかと話してる暇はないわ。)

しかし、彼はそんなメリアドールの態度をよそに、平然と話し掛けてきます。

「い~や、別に用なんかないけどな。散歩してたら川に石投げて遊んでるやつがいるからさ、

近付いてみたらなんとまぁ、ってわけよ。」

「……ムスタディオ、悪いけどあなたと話してる暇はないのよ。散歩の続きでもしてて頂けないかしら。」

冷たい眼差しを彼からそらし、再び川の方に向き直るメリアド-ル。

 

「ラムザならこないぜ。」

 

 

メリアドールは身体の奥から、ふつふつと沸き上がってくる感情を抑えていました。

「…なんですって?」

「ラムザ、まってるんだろ?来ないよ、たぶん。あいつには今日、大事な客があるから。」

「…客、ね。」

「アグリアスさんだよ、ふたりとも鈍感だからな、うまくいってるといいけど。」

「……あんた、何したの。」

「別に?今朝、アグリアスさんと二言三言話しただけだよ。昨日のラムザの話はお芝居だぜ-、とかな。」

「…随分詳しいのね。」

「あんまりイヤな手、使うなよ。」

「あんたに何がわかるのよ!!!」

バシッとムスタディオの頬を打つ手。

メリアドールは悔しさにうっすら涙を浮かべていました。

「やっと…!やっとうまくいくはずだったのに、ラムザが…!

…なんで!?なんでよ、なんで邪魔するのよ!?なんで私なのよ!

わざわざ私を笑いに来たのね!あたしをからかってそんなに面白いわけ!?」

ムスタディオは特に悪びれた様子もなく、イテーなぁと頬をさすりながら、相変わらずニヤニヤしていました。

肩を震わせながら、メリアドールは涙を堪えようと、唇を噛んでいます。

「あんたなんかに……!あんたなんかに、振り向いてもらえないつらさなんか、わからないわ……。」

「さぁね。」

 

キッ、と手を振り上げかけるメリアド-ル。

けれどその手は払われず、ムスタディオを思いきり押し退けると、

彼女は振り返りもせずに、スタスタと宿へと歩いていきました。

「おい。」

という素っ気無い声と共に、ふぁさっ、と肩にかかる暖かい毛皮の感触。

振り向くと、つまらなそうなムスタディオの顔。

「…なんのつもり?」

「なんのつもりって、その格好じゃ風邪ひくぜ。」

「紳士ぶらないでちょうだい、大体あたしは寒さに強いのよ、あんたが着ればいいでしょ。」

そういうと、毛皮をムスタディオの前の地に投げ捨てるメリアドール。

ムスタディオは、やれやれと首をかしげると、

「自分の分ぐらい持ってら、無神経な俺でも、この寒さはこたえるんでね。

大体こんな真冬に上着もつけないでうろうろしてんのは、あんたぐらいなもんなんだよ。」

なによ、と言おうとしてメリアドールはムスタディオの着ている毛皮に気付き、

それから今時分が投げ捨てた毛皮、ふたつを何度か見比べます。

ムスタディオも彼女の視線に気付くと、ほんの少しだけ口をゆがめます。

しばらくふたりは黙っていましたが、やがてフンと一言、メリアドールはまた足早に去っていきました。

ムスタディオもまた、その後ろ姿にやれやれと天をあおぐと、

自分も彼女の足跡にそって、歩をすすめていきました。

 

 

ムスタディオが宿屋に帰り着き、二階の客室廊下に上がると、

客室の一つの鍵穴にかじり付いているメリアド-ルの姿がありました。

(なにやってんだ、あいつは……。)

(なななななな、何?何をやってるのよあの女は!!?)

メリアド-ルの視界では、彼女の逆鱗に触れるべく、ラムザを押し倒すアグリアスさんの姿が映っていました。

彼女が覗いてるのはもちろんラムザの部屋。

部屋に戻る前にラムザに声をかけようか、とドアの前で思い悩んでいる時に、

不意に、わっ、という声と物音(アグリアスさんがラムザを投げた音)がしたので、つい鍵穴に目がいって……。

(大体ラムザも…、私のこと待たせておいて…。え、何、何を話してるの…あ、あ!

ラ、ラムザのファーストキスを無理矢理!ゆ、許せないわ。…キャッ!なんで服脱ぐの!?

だめよ、駄目、これ以上は…、…私が先よっ!!!)

ガンガンガンガン!!

思うが早いが、力の限りドアに拳を叩き付け、そのまま脱兎のごとく自室に消えるメリアド-ル。

メリアド-ルに声をかけようとしていたムスタディオは、唖然として彼女の去った方向を見つめていました。

「なんだ、あいつ……?」

 

 

「……ムスタディオ……?」

音もなく開いたドアから、ボソリと一言。

その声の暗さに、思わずヒッ、と声を漏らすほど驚くムスタディオ。恐る恐る振り向くと、

「え…、おぉ、ラ、ラムザ元気か。ひょっとして、もう寝てたのか?」

(ここラムザの部屋だったのか…メリアドールのやつ…。)

「…………なにか用かい。」

「いやー…用っていうか…、あ、そう。酒でも飲まないかな-…なんて、はは。」

(…間抜けな言い訳だなー、しかしラムザの奴、いやに暗いな…。)

「………僕はお酒飲めるんだっけ……?」

「……や、その…まぁ、とにかく下来ないか?ホラ、ジジ…、オルランドゥ拍が腹踊りして」

(おいおい…本当に暗いぞ、アグリアスさん駄目だったのか……?)

ムスタディオがラムザの死人のような顔にあわててる間に、ドアはカチャンと閉められてしまう。

何となく気まずさを感じて、ポリポリと頭に手をやるムスタディオ。

「…まぁいいや、俺も寝るかな。」

と、自室に向かおうと振り返ると、そこにはいやに威圧感のある笑顔のオルランドゥ拍の姿が。

 

「ムスタディオ君、私が腹踊りかね。」

 

白くなるムスタディオ、その頭部を容赦なくメリメリと掴む巨大な手。

「あがが、じょ、冗談です!冗談、本当に、た、助けて…!」

「いや、面白い。是非これから手ほどきしてやろうじゃないか、夜通しな。」

「あががががががが。」

 

 

 

 

様々な人間模様の中、夜はゆっくりとふけていく。

恋人達に祝福あれ。

 

~fin~

 

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